僕のバンドが一番好きだと言う子がいた。人のまばらなライブハウスで出会って、無邪気なその笑顔に、僕は見とれた。好きになってしまった、そう言ってもいいと思う。でもその一方で僕は、その子の気持ちはすぐに他に移るんだろうな、とも思った。人の心はうつろう。確実に。残酷に。僕だけを残して。その子はライブにたびたび来るようになった。打ち上げにも顔を出すようになった。飲み屋の座敷で隣に座る横顔を見て、僕は何も言ってないくせに、大切なことを分かり合えているような気持ちになっていた。何も言えないまま日々は流れて、僕もその子も大好きなロックスターが、引退から復活すると発表した。やりそこねた武道館をやるのだという。その頃その子はカメラマンを始めていた。かわいい顔をネットに上げてそれ込みで仕事をもらうような、そんなカメラマンを始めていた。好きな人がやっていることなのに僕は、どうせ上手くいかないだろうと思っていた。でも時間をかけてその子は階段を上り始める。有名カルチャー雑誌で撮ることになったと聞いたとき、これ以上うまくいかないでほしい、そんなことを初めて思った。その子の仕事はそれをきっかけにどんどん増えていった。彼女のつぶやきに有名人が登場するようになった。僕のライブには来なくなった。まばらなフロアだけが変わらず僕の目の前にあった。武道館のライブが始まる。僕の隣にその子はいなかった。でもきっと会場にいるのだろうと思った。少しもライブはつまらなかった。何も入ってこなかった。ただその子がロックスターに見とれている顔だけが頭に浮かんでいた。その目の輝きを醜く思う僕の心は、どす黒く渦巻いていた。心はうつろう。確実に。残酷に。大切な記憶を塗りつぶして。

 愛してる愛してる愛しているけれど、あの娘に俺が分かってたまるか。
 才能も愛情も怒りも憎しみも、あの娘に俺が分かってたまるか。

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