少子化社会のモラハラ、パワハラ、マタハラ、セクハラ……と、しなやかに、強かに闘う女性の痛快長篇『四十歳、未婚出産』(垣谷美雨)刊行記念特集。〈書評・佐々木克雄〉


「身につまされるぅ」と、本書を読みながら何度も呟いておりました。

といっても、この書評を書いておりますワタクシ、男でありますため、妊娠、出産の経験はありません。ですが、主人公・宮村優子さんの孤軍奮闘ぶりは、男であっても身につまされる=己のことのように痛みを感じてしまう。それくらい、本書のリアルは性別を越えて読み手に訴えてくるんです。

旅行会社勤務の優子はアラフォー、シングル、バリキャリ。
これまでの人生で、男性とのご縁がなかったワケではありません。学生時代につき合っていた恋人とは仕事の忙しさからのすれ違いで破局。上司との不倫は亡妻の遺言で崩れる……男運がなかったのか、でもテキパキと仕事をこなす様子からは素敵な女性とお見受けします。

その彼女が妊娠してしまった。しかも父親は28歳のイケメン部下。
これだけの情報であれば、トレンディドラマ(←古い?)的な展開を予測してしまうでしょうが、著者・垣谷美雨さんの手にかかると、女性にとってはなかなかに、いや、かなり世知辛い逆境ストーリーになってしまうんですよね。ちなみに垣谷さん作品、刺激的なタイトルの『七十歳死亡法案、可決』という作品があります。ワガママ放題の義母の介護に翻弄される女性の話。これもなかなかです。

 本作『四十歳、未婚出産』は、読むほどにズブズブと引き込まれます。これは何故かと思いますに、場面描写のエグいまでのリアルなんだなと。

例えば、亡父の七回忌に優子が帰省した場面。まだ妊娠を隠している彼女vs.親戚たちの会話。

「女だてらに部長やなんてカッコええわあ。白いスーツでピシッとキメて会社で働きおるじゃろ?」
「ここの四十歳ゆうたら、もう完全なオバチャンやもん。(中略)やっぱり独身の人は違うわ」

決して悪い人たちではないが、言葉のウラを読んでしまう神経戦──ピリピリします。また例えば同じく帰省中の、プチ高校同窓会にて。

「嫁はんも子供もおらんで、人生半分も知らんままこのまま死んだらよかろが」
「男と女は生物学的に違うじゃろ。俺ら男は何歳になっても若い女の子と結婚できるわけで」

うわぁ、絶対その場にいたくない……でも活字を追う目は止まらない。それはやはり、同じような体験を、多かれ少なかれ私たちもしているからではないでしょうか? 相手に悪意はなくても、言われた当事者としては、どうにも心がザワザワしてしまう。そんな体験、貴方もありませんか?

そして、これは男性読者の立場からの「身につまされるぅ」エグいリアルなのですが、垣谷さんの描く「ダメ男」「嫌な男」にザワザワしてしまうのです。

妊娠は基本、男と女がいて成立するものです。女性は身体に変化が起こるけれど、男は自覚がない。しかも優子本人が告げない限り、相手の男・水野はお気楽なまま。

彼には内緒で社内恋愛している相手がいて、しばらく結婚する気はない。だが、どこで噂を嗅ぎつけたのか「俺の子じゃないですよね?」と優子に探りをいれてくる。その言動が、ゲスい。

「ひとつ質問していい? もしも水野君の子だったら、どうした?」と、カマをかける優子に、
「もう真っ青ですよ。そうなったら、お先真っ暗ですもん」

そしてもう一人、優子の上司・烏山部長の言動。
「ガキが熱を出したとか言ってはすぐに休むし(中略)あんな繁忙期に信じらんないよ」
「そんな腹ボテじゃあ、もともとリーダーなんて無理だったんじゃねえかよ」
優子を相手にこれを言ってます。優子は「お先真っ暗」です。

上記2名、サイテー男の見本市みたいですが、はたしてこれが小説の世界だけかというと……そうとも言い切れない現実があるわけですね。世の中はコンプライアンス云々言ってるけれど、実際の職場はどうですか。パワハラ、セクハラ、マタハラ…… #MeToo じゃないですか。

「いやいや俺は違うって」と言い切る自信のある男、出てこいやぁ! って感じです。

とまあ、途方もなくエグいリアル話に辟易しそうですが……それだけじゃないんです。
だから垣谷さんの作品は面白いんです!

ネタバレになるので詳細には記しませんが、そんな孤軍奮闘だった優子に味方が現れます。

家族、同僚、上司、友人──彼らの存在で「身につまされるぅ」あれこれに光が射してくるのです。人って、複数で生きると面倒くさいものですが、複数で生きているからこそ救われて、立ち直れて、前を向いて生きていけるんですよね。ああ、世の中まだまだ捨てたもんじゃないなと。

そして、何といっても注目すべきは命を宿した優子の選択です。
妊娠を水野に告げるのか。仕事は続けるのか。この子を生むのか……。

行く末が気になった方は、是非とも本書を手にしていただきたいです。
四十歳、未婚、出産という、決して他人事でないテーマを、エグいまでのリアルで見事に描ききった垣谷さんの新作。男女を問わず「身につまされるぅ」が体験できますよ。

佐々木克雄(書評家・ライター)

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垣谷美雨『四十歳、未婚出産』

未婚の母になったりしたら苦労するに決まってる。
でも、子供を産む、最初で最後のチャンスだ。だったら……。
四十歳を目の前にして思わぬ妊娠に揺れる、旅行代理店で課長代理として働く優子。お腹の子の父親は28歳のイケメン部下・水野で、恋愛関係にあるわけでないし、本人にはどうしても言えない。偏見のある田舎の母親やパワハラ上司、不妊治療に悩む同期にも、言えない。しかし、どこからか優子の妊娠の噂を聞きつけた水野とその彼女があれこれまとわりついて嗅ぎ回る。女は出産したら一人前には働けないというパワハラ上司からも意地悪をされ、四面楚歌。産むのか、産まないのか、言うのか、言わないのか。シングルマザーで仕事はどうするのか……。結論が出せずに悩む優子だったが、田舎の同級生やかつて不倫していた上司、兄のブラジル人妻、仕事と子育てを両立する同僚など、少しずつ味方が現れて、揺れながらも、気持ちは固まっていく。痛快で優しい、全ての女性への応援小説。