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本屋の時間

2018.07.15 公開 ツイート

第42回

その日最初の客 辻山良雄

coffmanCMU/iStock

 Titleを開店した日の朝、胸のなかは期待と不安でいっぱいでした。その前日の夜中まで開店の準備に追われ、自分では最善の店を作ったつもりでも、「個人が勝手にはじめた店に、果たしてお客さんが入ってくるのだろうか」という不安は拭えるものではありません。

 開店時間の少し前、様子をみるために店の外に出ると、既に待っている人が10名ほどおり、その数は開店時間には更に増えていました。シャッターを開け、お客さんをお通しすると、途端に店のなかはいのちが吹きこまれたように生き生きとし始め、前日までの「じっと黙って、何かを待っている様子」とは一変しました。お客さんが入った店を見てはじめて、自分が本屋を作ったのだという実感がわいてきました。

 先日、Titleで行ったイベントで、熊本にある橙書店の店主・田尻久子さんと話をする機会があり、その時田尻さんに「移転前と移転後で、何を見て同じ店だと思いましたか」と尋ねました(橙書店は二年前の熊本で起こった震災後に移転)。正直なところ、品揃えや店の本棚といった答えが返ってくるかと思っていましたが、「本棚の前にいるお客さんを見て、橙書店だと思った」と言われ、予想外の答えに感銘を受けました。店は自分だけのものではなく、お客さんのものでもあるということを日々考えていなければ、こうしたことばはすぐに出てきません。

 どんなにいい品揃えの本棚でも、その前に立ち、そこに並んだ本を手に取る人がいなければ、それは自己満足に浸っているショールームのように見えます。本屋という場所は、並んでいる本とそこにいる店主だけでなく、そこに来るお客さんがいてはじめてその本屋になるのです。

 開店して二年半が経ちますが、いまでもその日最初のお客さんが入ってきて、その日一日が始まったと感じます。お客さんが入らないうちは、店であっても店ではないような、少し中途半端な気がします。

 

 今回のおすすめ本

『猫はしっぽでしゃべる』田尻久子(ナナロク社)

 熊本・橙書店店主の書いた初のエッセイ集。自身のライフヒストリーに、読んできた本が重なる文章は自然であり、ぽろりと生まれた趣きがする。ご自身の店と一緒で無駄がなく、温かい気持ちになる一冊。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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