チャットモンチーのラスト武道館ワンマンに行きました。

 座席はステージ向かって左後方の最前(この日はステージ後方にも座席が用意されていた)。いわゆる見切れ席。こんなん、最高じゃないすか。だってこんな近い距離で、チャットのふたり(の後ろ姿)をガン見できるんだぜ?そう、ステージ正面だとガン見したら目が合っちゃうじゃんか。そんなん、ずっとうつむかざるを得ないに決まってんじゃんか。それが後方からであれば、思う存分、正々堂々、スポーツマンシップにのっとって、ガン見できる。じとーっと見つめることができる。やべえ。今日は最高にロックンロールな夜になりそうだ。

 そんなこんなでライブが始まったのですが、チャットモンチーは、今を生きるバンドだった。観ていて、過去を懐かしむ気持ちにも、ふたりがいなくなってしまう未来を想像する気持ちにも、一切ならなかった。ただただ目の前で、二つの巨大な才能が、生命が、燃え上がっていた。あまりに美しい音楽が、感傷や絶望を光で全て塗りつぶし、壮大に、荘厳に鳴り響いていた。

 そして、えっちゃんの声。文字通り、死ぬまで聴いていたかった。バケモノ、いやそんな言葉じゃ表現できない。もっとその先にある、宇宙、とか、地球が生まれた瞬間、だとか、母親の胎内で眠っていたあの時間、だとか。そういうものを想起させる、あの声。

 ライブ中、僕はずっと夢の中にいた。時間の感覚は消えていた。たとえば、好きな女の子と話している時間があっという間に過ぎ去っていくように。僕の自我は、大きくてあたたかい何かにすっかり溶け込み、漂っていた。チャットモンチーは、ありきたりな「ひとつになろうぜ!」みたいなマイクパフォーマンスではなく、その音楽で、観客の自我を溶かし、武道館をひとつにしていた。

 一瞬だけ、我に返った瞬間がある。ふたりがステージの後方にまではりめぐらされた花道を、ぐるりと練り歩いてきたとき。やべえやべえやべえめっちゃくちゃ近距離で目が合っちまう。いよいよ自分の席にふたりが近づいてきたとき、僕はものすっごい、うつむいた。なんかもう、早くこの時間が過ぎ去ってほしい、と思った。そしてちらっと横を見たら、隣の席の僕と同年代くらいの知らないおっさんも、ものすっごいうつむいていた。同士よ。

 最後のふたりのMCで、涙が流れた。10年前、初めてYouTubeでチャットに出会ってぼろぼろ流れた涙と、この日の涙は、たぶん一緒なんだ。美しいものを見て、流れる涙。それは、どうしようもない僕らに神様が与えてくれた、やさしいやさしいプレゼント。

 これ書いてる今も、泣いてしまった。ああ、僕はやっぱり、チャットモンチーがどうしようもなく好きだ。

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