シチリアで訪れた町のひとつに、タオルミーナがある。シチリア有数の高級観光地で、観光客と観光従事者しかいないんじゃないか、というような場所だ。

 高級な場所に行っても楽しめる財力がないので、普段は、そういう町は敬遠する。しかし、タオルミーナは映画『ゴッドファーザー』の撮影地なのである。
 行かないわけにはいかない(余談だが、『グランブルー』の撮影地でもある)。

 パレルモからカターニャへ四時間、カターニャからさらに二時間ほどかけて移動する。ちょっと遠すぎて疲れたけれど、電車がタオルミーナに到着した途端にその思いは吹き飛んだ。その駅こそ、『ゴッドファーザーPARTⅢ』で撮影に使用された場所だったのだ。

 この場所にアル・パチーノが。じんわり感動しつつ、写真を撮りまくる。ピンクと白のタイル張りの床、ホームから見渡せる青すぎる海。あの海は、イオニア海という名前らしい。まだ身を浸したことのない新しい海だ。しばらくうっとり眺める。

 駅からタオルミーナの町の中へはバスで小一時間ほど山道を登る。街中は過剰に整備されていて、床にごみ一つ落ちていなくて、まるでテーマパークのようだった。それは少し萎えるポイントだけれど、青い海に沈んでいく夕日の美しさは圧巻で、あっという間に心を持っていかれる。泊ったB&Bの屋上からは朝日も見えて、それもまた良かった。

 夜中まで明るくて治安が良くて、物価が高い。まさに観光地オブ観光地であるその町の目玉の一つに、イゾラベッラがあった。イゾラは島、ベッラは美しいを意味する言葉で、美しい島、そのままの名前である。

 観光客たちはその島の周りを船で一周したり、暑い季節には泳いだりするらしい。わたしが行ったのは一月だから、さすがに泳いでいる人はいなかった。

 島には引き潮の時に歩いて渡ることができ、入場料を払えば島内を散策できる。しかしなぜかパンフレットもHPもなく、ガイドブックにも情報はない。ネットで調べてもその島に何があるのかすら分からなかった。たくさんいる観光客たちも、入場門まで行ってみな引き返してしまう。

 門の前にいる明らかに普段着のスタッフもやる気なく、不機嫌そうだった。こんなに有名な場所なのに、なぜここだけ観光地っぽくないんだろう?

 気になってしまったので、お金を払って中に入ってみた。島内には、リゾートホテルかお金持ちの別荘の跡地みたいな小さな廃墟と、空っぽのプールがあるだけだった。森はうっそうと生い茂り、まったく手入れされていない。夫は動植物マニアなので珍しい植物を見て喜んでいたが、わたしは島を歩き回って疲れただけだった。ほんの三十分ほどで島は見終わってしまった。

 潮が満ちてきた海を、イゾラベッラから本島へ戻りながら、水の中に光るものを見つけた。
 シーグラスが一つ、底に沈んでいた。
 シーグラスとは、瓶のかけらが波で摩耗されたものだ。よく見ると、他にもいくつも波間に光るものがある。

 かがんで拾い始めたわたしを見て、夫もシーグラスを探しだした。そうしてわたしたちは無言で数時間、夕日が沈むまでシーグラスを探し続けた。もし日の入りがもっと遅かったら、まだまだ探し続けていただろう。夢中だった。水の中に落ちている光るものというのは、なぜにこんなに魅力的なのか。楽しい。楽しすぎる。シチリアに来て、最も興奮した状態だった。石積み地獄ならぬシーグラス拾い地獄があるのなら、喜んで落ちる。

 二人で集められたシーグラスは、風邪薬の小瓶に七分くらいだった。シチリアではほとんど自分のお土産を買えなかったけれど、この宝石があれば充分だ。 

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