千円でべろべろになるまで酒が飲めるような店を「せんべろ」と呼ぶと知ったのは、わりと最近のことです。

 私が暮らす東京の下町のエリアには、そういった店が、多く存在します。

 我が家の周辺の「せんべろ」では、酎ハイやハイボールなど飲み物の一杯や、アテの一皿が、200〜300円台くらいというのが大体の相場のような気がいたします。

 この価格帯ですと、私の酒量では、千円でべろべろにはなりません。

 そこそこ酔った、と思えるほどに飲むには、私の場合、2500円ほどはかかるような印象があります。

 朝や昼などの早い時間から開いている店も多く、それなりにお客さんも入っていて、どんな職業の方々なのだろうと好奇心をくすぐられたりもいたします。

 定職を持たない私も、来客の予定や原稿の締め切りがない日などに、昼間から近所のそういった店に足を運び、独りで安酒を飲んだりするのが、楽しみのひとつです。

 私の自宅から徒歩2分くらいの距離に、そんな店の一軒がございます。

 お世辞にもきれいとは言い難い店内には、所狭しとお品書きの書かれた短冊がそこここに張られ、7〜8人座れるくらいのカウンター席と、奥にテーブル席が10数席ほど。

 店の隅には、酒瓶の段ボールや仕入れの品が積まれ、壁や天井には脂が滲みたような店ですが、ここのカウンター席に腰を下ろして、開けっ放しのドアから通りを行き交う人を眺めながら、独りでのんびりと酒を飲む時間が、私にとってなんとも言えず、心安らぐひとときなのです。

 初めて伺った時から、なんだか懐かしい不思議な感覚を抱いたのですが、ある時、ふとその理由がわかりました。

 私は昔、この店と雰囲気の似たスナックに、足繁く通っておりました。

 新宿二丁目にあったその店に、私を最初に連れて行ってくれたのは、酒豪で鳴らす女性の先輩でした。

 今、思い出しても、不思議な店でした。

 いつも暗く、やや薄汚れたその店は、長身で彫りの深い顔立ちのマスターと呼ばれる男性と、彼より二回りほど年かさと思われる、ママと呼ばれる女装の男性が、二人で切り盛りしておりました。

 昔、芝居をやっていたというマスターは、深い声色と甘いマスクで、新宿二丁目という場所柄で、客の男女を問わず、人気がありました。

 マスターは、店のオーナーであるママの愛人なのだと言う人もありましたし、いや、マスターは男性には興味を持たない人なのだという人もおりました。

 常連客が、そういった話題を振ると、ママはいつも曖昧に言葉を濁し、マスターは、自分なんかにはママは勿体ないです、と必ず否定しました。

 当時の私は20代の半ばで、仕事や人生にさまざまな悩みを抱えておりました。

 ママは私のことを気に入ってくれており、マスターは温かい人柄で、そこは私にとって、居心地のよい場所でした。

 どこかで飲んだ最後に、私は大抵この店に辿り着き、カラオケを何曲か歌い、それから酔い潰れて、カウンターに突っ伏して寝てしまう、というのがパターンでした。

 思い返せば、大層、迷惑な客でした。

 しかし、ママもマスターも、眠り込んだ私を起こす、ということを決してしませんでした。

 明け方近く、ふっと目を覚ますと、客のいなくなった店内の明かりは落ち、カウンターの脇のスポットライトの下で、ママがぼーっと煙草をふかしているか、マスターがグラスを拭いているか、或いはその時々に店に入っていた、決まって爽やかな雰囲気のアルバイトの男の子が漫画雑誌を読んでいるかして、冷たい水を一杯、私にくれました。

 お礼とお詫びを言って、勘定を済ませ、店を出ようとすると、マスターだけ、いつもしてくれることがありました。

 両腕を広げて、私の体をぎゅっと抱きしめ、背中をぽんぽんと叩き、それから、「行ってらっしゃい」と必ず彼は言って、私を店の外へと送り出しました。

 「ありがとうございます」でも、「また来てください」でもなく、「行ってらっしゃい」と彼は言いました。

 温かい店の中から、外の厳しい世界へと、行ってらっしゃい、というような意味だったのでしょうか。
 辛くなったら、まだ帰ってくればいい、ということだったのでしょうか。

 今でも、その「行ってらっしゃい」の本当の意味は、わからないままです。

 おそらく、私だけにではなく、他のお客さんたちにも、彼は同じことをしていたのだと思います。

 酔い潰れた客を起こすこともなく、目が覚めるまで誰かが待ち、起きると水を一杯、手渡すというのも、店のルールだったような気がいたします。

 私はいつも、胸の中に温かい何かを感じながら、その店から、帰路につくのでした。 

 その後、仕事の部署が変わり、前よりも忙しくなった私が、しばらく訪れる機会を逸しているうちに、いつの間にかその店はクローズしておりました。

 ママやマスターの消息も、掴むことはできませんでした。

 私は長い間、そんなスナックが存在していたことすら忘れ去り、人生を生きておりました。


 そして、今日も私は、その店とよく似た安酒場で、酒を飲むのです。

 カウンター越しに、店の大将とぽつぽつととりとめのない会話を交わしたりもいたしますが、大抵は独りで黙って、薄暗い店内から外の明るい陽光を眺めながら、ぼーっと酒を飲み、自分の今までとこれからを考えます。

 あのスナックに通っていた頃のように、自暴自棄に酒を飲むようなことは今の私にはありませんが、いくつになっても人生には惑いが残ります。

 ひととき物思いに耽った後に、勘定を済ませて席を立つと、いつも背中に「行ってらっしゃい」というあのマスターの深い声が一瞬、聞こえるような気がするのです。

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