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本屋の時間

2018.07.01 公開 ツイート

第41回

〈まとも〉に思えることだけをやっていればよい 辻山良雄

 

francescoch/iStock

 フランツ・カフカの『城』は、城に雇われたはずの測量士Kが、いつまでたってもその城には入ることが出来ず、翻弄される状況を執拗に描いた、迷路のような小説でした。『城』が書かれたのは、今から100年近い前の話ですが、個人が巨大な組織にこづき回され、「責任者不在」「担当者不在」のなかをたらし回しに合う様子は、「ひとたび問題が発生しても〈上〉の意向を忖度し、誰も責任を取らないまま物事がうやむやになっていく」という現代の社会状況を、見事に先取りしているように思えます。

 時として組織のなかでは、「それがよいことだから」とか「どうしてもそれがやりたいから」ということとは関係なく、不明瞭な〈空気〉により物事が決定されていく場面があります。「昨日までは右と言われていたことが、今日からは左になった」という、冗談のような状況のなか、組織の意向と個人としての倫理観が対立する局面もあるでしょう。

 会社を辞めて、個人の本屋をはじめた理由の一つに、「何かの思惑に左右されない、継続的な場所を作りたかった」ということがありました。開店や閉店も遠い誰かに決められてしまい、昨日まで本が並んでいた場所に、今日からは別の何かが並んでいるということを数多く見聞きし、「それならば小さくても自分の場所を作ろう」と思ったのです。

 もちろん仕入れた本が売れなくても、その責任は全て自分にありますし、何か問題が起こったとしても、他の誰かが解決してくれる訳ではありません。しかし個人の本屋であれば、誰かに伺いを立てることなく好きな本を並べ、「何か変だ」と思った仕事は断ることが出来ます。「この店を終わらせるのは自分しかいない」ということに気がついたとき、その当たり前さに大きな自由を感じました。

「〈まとも〉に思えることだけをやっていればよい」のは、個人営業のよいところです。休みと言える休みはなく、肉体的には以前よりきつくなりましたが、それでも続けていられるのは、そのわかりやすさが自分には合っているのだと思います。

 

今回のおすすめ本

『珈琲屋』大坊勝次 森光宗男(新潮社)

 長く続けなければ出てこない、日常の動きからくることばの数々。同じ年に生まれ、同じように珈琲の道に入った二人の、多くは語らずともわかり合っている様子にシビれます。様々に読める対談集は、カバー・表紙も珈琲色のグラデーション。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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