大家好(ダージァ ハオ)! ジーリーメディアグループ代表の吉田皓一でございます。

最近、日本のメディアでは、スポーツを巡る問題や不祥事に関する報道が喧しいです。この問題、日本ほどの過熱ぶりはありませんが、台湾でも報道されています。また、「ブラック部活」という言葉に代表されるような、部活の域を超えた、いや、行きすぎた日本のスポーツ指導についても、紹介されています。

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日大アメフト悪質タックル問題を紹介する台湾メディア


先日台湾の若手経営者らと話す機会があって、そのなかで日本の「部活」の話になりました。彼ら曰く、「日本はなんであんなに部活が盛んなんですか? 名門校・進学校でも、勉強をそっちのけで部活をやる。ちょっと考えられない」との由。聞けば彼らはみんな、幼少期からかなりハードに勉強しなければならない環境で、スポーツに熱中するなんて到底やってられなかったそうです。

確かに東アジアの国々では、勉強ができる子は幼少期から勉強一筋、スポーツができる子は国のスポーツアカデミーで英才教育、というように、勉強とスポーツを完全にセパレートする傾向が強いのです。

たとえば、日本より出生率の低い台湾では、幼児・児童教育が非常に盛んで、英語とプログラミングを始めとして、多種多様な教育サービスが充実しています。また、高校・大学受験向けの塾や予備校も非常に多く林立しています(ただ、受験の過熱度合いという意味では、韓国ほど学歴が重視される社会、という感じではありません)。そのような「菁英份子」(中国語で「エリート」の意味)は、小さい頃からスポーツに打ち込むことをあまりしません。そしてこの傾向は、台湾もさることながら、中国や韓国ではもっともっと顕著です。

一方、日本には、「文武両道」という言葉に代表されるように、勉強と運動の両立をよしとする文化があります。確かに最近では「文武両道」を謳いながら、進学クラスとスポーツクラスを完全に分けている学校も少なくありませんが、「文武両道」を尊ぶ文化は依然として根強く存在していると言えます。

なぜ日本だけが東アジアにおいて、「文武両道」をよしとする文化が醸成されたのでしょうか?

その理由の一つとして、この国の歴史を紐解いた時に、元来武力行使者であるはずの武士が、600年以上も政治を司って来た事が挙げられます。

中国や韓国では「科挙」に代表されるような、幾度も課される苛烈な試験を突破した、文官による文治政治が主でした。数多のエリート達が、四書五経など膨大な量の書物を丸暗記するなど、異常なまでに狭き門の難関試験に挑んだのは、文官がそれだけ強い権力を持っていたからだと言えます。中国や朝鮮では伝統的に、文官に比べ武官の地位は、日本よりかなり低いものでした。

一方の日本では、為政者である武士は、平時には文官として政を行い、いざ有事に際しては身を挺して戦うことを求められていました。つまり武官が文官を兼業していたわけです。“近江聖人”と言われた中江藤樹は「武なき文、文なき武は共に真実の文ではなく、武でもない」と説きました。この点は、歴史的に武官より文官の地位が高かった中国や韓国とは大きく違います。

スポーツには、机に向かう勉強では学べないものがたくさんあります。私は学生時代に野球部だったのですが、日本の部活特有の不合理や非効率、そしていま問題になっているようなパワハラが横行する環境がイヤで、野球から次第に離れてしまいました。しかし、スポーツを通じて培われるリーダーシップとフォロワーシップ、フェアプレイ精神、献身性、戦略、闘争心は、大人になってとても役に立つものですし、学校の勉強ではなかなか得られないものだと思っています。

台湾でもメジャースポーツは野球。NPBへの注目度も高く、日本ハムファイターズのパブリックビューイングには、大勢の野球ファンが集まります。


アメリカや欧州では、名門校でスポーツが盛んです。勉強だけ出来るより、勉強もスポーツもできるヤツのほうがカッコいいし、モテます。アメリカのスクールものドラマなんかみていると、モテるのは、勉強も出来て、アメフト部のクオーターバック(のイケメン)だったりします。

そこから考えると、アジアのエリート教育は文武の「文」一辺倒。どこか抜け落ちてるというか、バランスが取れていないのかも知れません。学者でありながら、日本の近代スポーツの発展に大きく貢献した小泉信三が遺した「練習は不可能を可能にす」という言葉は、スポーツがビジネスのみならず、生きていく上での大きな糧をもたらしてくれることを示唆しています。

日本では、就職活動において体育会出身者は重宝されると言われます。その理由は、いわゆる「ソルジャー」つまり兵隊要員として、ストレスや負荷に強いから、などと揶揄する人もいますが、私は違うと思います。

アスリートの日々は、どうすれば今日できない事を明日できるようになるか? その方法を論理的に考え、実行し、振り返り、検証することの連続です。私のようにノホホンと大学生活を送っていた人間とは、生きている次元が全く違うのです。ですから私はアスリートを心の底から尊敬しますし、ふだんビジネス書をほとんど読みませんが、スポーツ雑誌は定期購読しています。また当社には、元プロ野球選手が社員として在籍しています。

日本から世界へ羽ばたく人材の輩出を目指す野球プロジェクト「アジアンアイランダース」が、台湾の高校野球とも交流。当社も応援しています。


中華圏や韓国で高等教育を受けてきた人たちは、非常に聡明でスマートな一方で、どこか線が細く、逆境に耐える胆力に欠ける印象があります。その背景にはもしかすると、科挙から綿々と連なる詰め込み教育の弊害と、エリート教育におけるスポーツの軽視があるのかもしれません。

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