山田マチが山だの街だのにいってはどういうふうだったか書いておりますが、今回は「村」です。
 東京から車で4時間、長野駅からはバスで30分ほどのところにある、長野県中条村。
 2010年に長野市と合併し、正式には村ではないのですが、山々に囲まれた日本の原風景のような里山は、むかしのままに、村、と呼びたくなります。

 その旧中条村の「限界集落」と言われる地域に、友人のアートディレクター・小山奈々子さんのプロジェクト「ババの家」があります。
 彼女のおばあさんが住んでいた古民家を拠点に、近所のババたちと何やら楽しいことをやっているそうで。ひとりブーンと車を走らせ、出かけてまいりました。

 この日は、味噌やしょうゆの勉強のために東京から料理人たちがやってきており、私もご一緒させていただくことに。
 今日は味噌をつくるための豆をまく日。先生は、村の味噌づくり名人、80歳をとうにすぎた静子さんです。あいにくの雨をもろともせず、畑にがしがしと入っていく静子さん。しかし雨足が強まってきたため豆まきは見送られ、「おやきづくり体験」に変更となりました。

 村のババたちが、都会の料理人たちに、名物のおやきづくりを伝授します。
 餅状の生地に具を丸め込む作業は、実家の餅つきなどで子どもの頃からやっているので、私は台所のお手伝いをこまごまと。
 そう、私の名は、山田。先祖代々どこをどう辿っても、きっと農民でしかない山田家は、今でも畑をやっています。農家に生まれた者にとって、観光地にある体験モノや収穫モノは、ただの作業でしかありません。貴重な体験は、都会の人にゆずるべし。

 ふかしたてのおやきと、ババたちが用意してくれた漬物や煮物やおこわがテーブルに並び、みんなでお昼ごはん。干し大根や高野豆腐への出汁のしみこみ方がたまらなく、夢中になって煮物をぱくぱく。
 私はいつからこういうものをおいしいと感じるようになったのでしょうか。順調にババたちに近づきつつあるのがわかります。

 午後は、山の中腹にある農園へ。そこは農薬や化学肥料をいっさい使わずに、100種類以上の野菜を育てています。菌や微生物の働きを利用して土をつくることで強い野菜が育ち、強すぎる野菜には虫がつかないんだそうです。
 代表の男性、久保田さんはにっこにこの笑顔で、野菜をちぎっては「どうぞどうぞ」と食べさせてくださいます。「食べてもらえてうれしい、おいしいって言ってもらえてうれしい、って、ほら、野菜たちが言ってますよー」。くもりなきまなこで野菜の気持ちを代弁する久保田さんは、人というより、ほぼ野菜。

 雨あがりの湿った土の匂い。太陽に向かって勢いよく育つ野菜。こういうところに来ると、叫び出しそうになります。
「ここで働かせてください! ここで働きたいんです!」
 もう20年も都会で暮らしているというのに、どうしてもうずいてしまう「山田」のDNA。植物園の温室などでも同じ現象は起こります。今すぐ鎌を持って草を刈りたくなる衝動をおさえつけ、うしろ髪をひかれる思いで農園を離れました。

 その後も、しょうゆづくりをする農家さんのお話を聞いたり、市議さんから限界集落の事情を伺ったり、中条村のお年寄りを10年間撮り続ける写真家の方とお話ししたりと、もりだくさんの一日に。

 夜になり、真っ暗な山道を車走らせ、旅館「やきもち家」の温泉へ。カエルの鳴き声を聞きながら露天風呂につかります。
 朝になると雲海を眺められる宿なのですが、今夜泊まるのは「ババの家」。
 静子さんの手づくり味噌をなめなめ、お酒をちびちびといただいてから布団に入りました。
 ぐっすり眠っていると、突然、ガラガラガラ「おはようー! あら、ちょっと早かったかね」という声が。元気ハツラツ静子さん。時計をみると、6時半。これぞ村。これぞババの力。

 うってかわって本日快晴。
 奈々子さんに、千年杉があるという大内山神社に連れていってもらいました。急な登り坂をあがった山のてっぺんに、杉が、どかーん。
 幹まわりは10mを超え、高さは約40m、長野県の天然記念物に指定されていて、樹齢は1300年とも2000年とも言われているそうです。
 ここに神社をつくらない理由が見当たらない、村を守っているとしか思えない、圧倒的な神様感。しばし「ほえー」とみあげます。
 置いておくと充電できるスマホみたいに、ピクニックシートを持ってきて、そのへんにねっころんでいたい。ちょっとした体の不調は、解消するのではないでしょうか。

 帰るまぎわ、ひとり「道の駅中条」へいきました。レストランで、山賊焼定食というのを注文。
 山賊というくらいですから、豪快にちぎった獣肉をたき火であぶったようなのを想像していたのですが、鶏のからあげ定食でした。千切りキャベツに、レモンまで添えられています。このあたりの山賊はお上品だったのかもしれませんね。

 お土産コーナーに、てぬぐいを縫い合わせてつくられた農作業用のほっかむりがあり、気づいたらレジに持っていっていました。日よけになるし、汗を吸収するし、洗えるし、これは便利と思ったのです。もんぺも既に2枚持っています。私はいつ使うつもりなのでしょうか。
「土から離れては生きられないのよ」と誰かが耳元でささやきます。
 いやいや、私はコンクリートジャングルへ戻るのだ。アーバンでシティなライフを送るのだ。体内で大騒ぎする農民DNAをおさえこみ、村をあとにしました。
 山田はしょせん山田。
 また中条に帰り、ババたちのお手伝いをさせてもらおうと思います。かなしいけれど、お役にたてそうな気がしています。

*きょうのごはん* 完全無農薬のかっこいい畑。「どうぞどうぞ」と言われ、葉っぱをちぎってはむしゃむしゃ。北アルプスを眺めながらのサラダバイキング。

*きょうの昭和* 「ババの家」の台所。わざとではなく、普段使いの食器たち。かわいすぎるでしょうが。

 

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

山田マチ『ひとり暮しの手帖』

これは、ひとり暮しの山田の手帖です。

実家をはなれて、およそ20年。
これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。
ここには、ひとり暮しのいろいろなことを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。
いや、ぜんぜん届かないかもしれない。
そんなふうな、
これは、ひとり暮しの山田の手帖です。