コンビニの前に停めた自転車の鍵を探していると、「あ、うん」と、少し緊張した声が聞こえた。その「あ、うん」だけで、わかる。その女の子が恋をしていることが。

 

 

 

 見ると、学生服の男女二人が人ひとり分の距離を開けて、二人で歩いてくるところだった。会話は少なく、女の子はやたらと前髪を触っている。やっぱり、と思った。前髪(目元)や口元を気にしすぎる時は、相手を意識しすぎて自意識が過剰になっている時(すなわち好意がある時)だ。ほら、恋だ。

 

 

 

 その日は夏日で、痛いくらいの西日が射していた。黒いラインの入ったセーラー服の女の子は、よく日焼けをしている。きっと屋外でやる部活動をしているのだろう。男の子は、白い半袖シャツを着ている。しっかりとパンツの中にシャツを入れ込んで、汚れた白いスニーカーを履いている。こう言ってはなんだけれど、そんなにパッとしない。でもきっと女の子の目には世界一素敵に見えていることだろう。彼らはきっと、自分のなかにある恋心の取り扱いに、困っているところだろう。

 

 

 

 手探りで大きなカバンをごそごそと探って、自転車の鍵を探す。その間中、横切っていく二人を遠慮なく見つめ、後ろ姿を目に焼きつけてからカチンと音を鳴らして鍵を開けた。

 

 

 

 

 遠い昔、わたしだって淡い恋をしていた。

 

 

 よく恋をする子どもだった。クラスが変われば必ず好きな子は変わったし、好きになればアプローチもした。

 

 

 小学6年生のころには、初めての彼氏ができた。卒業式のあと告白されて、「わたしも好きです」と答えて付き合うことになったのだ。背が低くて、明るくて、少し口の悪い男の子だった。彼氏、と名がついても、特別何かをするわけでもない。わたしは卒業後、彼とは違う中学にいくことが決まっていたので、春休みの間に少しだけ電話をしたくらいだ。中学になってから一度か二度、一緒に下校したような気もする。

 

 

 その後、中学生になってからも彼氏は何人かできた。バスケ部の子、サッカー部の子、バレー部の子。でもいずれも、学校ではほぼ話さず、家に帰ってからメールのやりとりで気持ちを交わす思春期らしい付き合い方をした。1度か2度は休日に遊びに行ったような気もする。ホタル祭りとか、映画館とか、ミスタードーナッツとか。でも、基本的には一緒に下校するので精一杯。それさえも、友人に見られたら「一緒に帰ってたわけじゃないから」とすぐに離れ離れになってしまうほど脆いデートだったけれど。

 

 

 

 やっと人の目を気にせずよく会った彼氏ができたのは、高校生になってからだ。わたしが一目惚れをして好きになった人で、わたしが告白をした。よくモテる、バドミントン部の男の子だった。Mr.Childrenのアルバムを借りたり、コジコジという漫画を貸したりした。告白をした日のこともよく覚えている。お風呂で、当時流行っていたAqua Timezの曲を口ずさんで、告白を決意したのだ。歌詞がこう言うから。「気持ちを言葉にするのは怖いよ、でも好きな人には好きって伝えるんだ」。

 

 

 

 彼とはよくデートをした。と、言っても、近くのイオンに遊びに行ったり、川沿いを二人乗りをして走ったりと些細なものばかり。半年くらいしか付き合わなかったと思う。わたしたちはキスすらせずに、別れてしまった。

 

 

 

 よく思い出すシーンがある。

 

 

 

 学校の近くの川を渡ったところに桜がたっぷり咲く場所がある。大きな道を逸れて人の家へ続く道。その一角は、ほんの少しだけ桜のトンネルのようになっている。その道は、誰かの家へと続くものなので、滅多に人が来ることはない。そこへ、よく二人で行った。

 

 

 

 その道が一番美しく見える、桜の時期だった。彼がいつものように自転車を止め、前へ前へと歩いていくのを見ていると、彼の髪に桜がついているのを見つけたのだ。

 

 

 

(あ、ついてる)。わたしは心でそう思って、でも、それを振り払うことも、「ついてるよ」と言うこともできなかった。ふっと手を伸ばして、彼の髪に触れ、「花びらついてる」と余裕たっぷりに笑う。たったそれだけのシーンを何度も思い描いて欲したけれど、現実のわたしはぴくりとも動けず、ただただ花びらを見ていた。

 

 

 

 こうも思っていた。

 

 

 

 ここで彼に触れられたら、どんなにいいだろう。

 

 

 

 とにかく、わたしは彼に触れたかったのだ。指先で彼の髪を触るでも、彼の指先に触れるでもいい。いや、本当のことを言えば、後ろから抱きついて手をまわすことを考えていたと思う。一度も匂ったことのないその匂いは、どんなものだろう。何度も何度も脳内シミュレーションしたけれど、もちろん、できなかった。

 

 

 

 桜がひらひらと散る中で、彼はすごく近くにいるのに、果てしなく遠かった。一番触れたくて、でも一番触れる事のできない人だった。

 

 

 

 先にも言った通り、結局わたしたちは半年で別れてしまった。ほとんど触れることさえなかったので、彼の存在は、わたしにとっていつでも不確かだったように思う。触れたい。その気持ちさえ上手に扱えなかった。

 

 

 

 

 そこから12年。

 

 

 今は、好きな人に触れたいと思うときにいつだって触れられるようになった。手に触れることも、顔を撫でることも、抱きつくことも、キスをすることも、いつだって望むままにできる。花びらどころか、口元についたパンくずだって容易に取れる。もう戸惑うこともない。彼の存在は、いつだって近くにあって、いつだって確かなものだ。触れられる距離にわたし専用のぬくもりがあることの喜びは、とてつもない安心感をもたらしてくれる。

 

 

 

 こう対比すると、今のほうがいいとか昔のほうが美しいとか、そういうことを言いたがっているように見えるかもしれないけれど、そうではない。思い出を美化するつもりもなければ、当時の彼を懐かしむような気持ちもない。

 

 

 

 なんというか、あの時のあの気持ちだけは忘れてはいけないもののように思うのだ。好きな人に触れられなかったあの時のわたしが、時を超えて今ここにいるのだということ。それさえ忘れなければ、わたしは大事なものを見失わずに済むような気がする。

 

 

 

 学生服の二人を見ながら、心のなかで声をかける。

 

 

 その気持ち、忘れるなよ。前髪を触る事がなくなっても、口元を気にする事がなくなっても、この時間のことだけは、忘れるなよ。

 

 

 

 自転車のペダルをグンと押すと、ぬるい風が体をスッと撫でていった。今へと時間を戻すように、急いでペダルを漕いだ。そろそろ、彼が帰ってくるはずだ。

 

 

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