本書の作者・山本亜季については、昨年1月の本稿で、その処女作『ヒューマニタス』を紹介し、「大型新人の登場」だと太鼓判を押しました。

『ヒューマニタス』は、15世紀の中央アメリカ(つまりコロンブスによる新世界発見以前のアメリカ大陸)、冷戦下の旧ソ連、19世紀ころの北極近くのイヌイットの村という、まったく異なる3つの世界を舞台とする冒険マンガを収めた短編集でした。

 共通点といえば、舞台が、地理的にも歴史的にも現代日本を遠く離れているということと、そうした私たちとはまったく価値観の違う世界で人間の本性とは何か、という普遍的な問いが発されているということでした。

 日本の日常生活を題材にして小さくまとまることの多いマンガ界一般の傾向に比して、『ヒューマニタス』の物語のスケールの大きさと骨太な哲学性には、心底驚かされました。

 本書は、そんな作者・山本亜季の初長編なので、期待は大いに膨らみました。どんなに意外な世界を描いてくれるのか? と。

 その期待は快く裏切られました。

 新作『賢者の学び舎(まなびや)』は、現代日本を舞台にして、医学校に通う若者を描くものだったのです。ここには、『ヒューマニタス』のように、未知の世界の困難に敢然と立ちむかい、人間の限界に挑戦する主人公たちは登場しません。医学を学ぶ若者たちの日常生活がこと細かに描きだされるばかりです。

 しかし、話の語り口は悠々としてじつに巧みで、先を先をと読み進めずにはいられません。『ヒューマニタス』の、いきなり真っ向勝負でひたすらクライマックスへと急ぐ短編の作法とはまったく違って、ここには長編マンガの長丁場にじっくり備えようとする話法の成熟があります。この先が大いに楽しみです。

 さて、主人公・真木賢人(けんじん)が入学したのは、防衛医科大学校。つまり、自衛隊員にして医師を養成する特殊な大学なのです。

 私立大学に6年通えば約3000万円かかるという学費もタダだし、全寮制で生活費もタダ、どころか、国家公務員なので毎月11万円の手当がもらえます。しかし、生活と訓練と勉強は軍隊並みで、卒業後9年間は自衛隊の医師として奉公しなければなりません。

 第1巻は、その生活の苦労を徹底的に描きだします。こういう異世界へのイニシエーションの話が面白くないはずはないのです。

 そして、主人公をニヒルな性格に設定しながら、その性格が徐々にゆらぎはじめる伏線を縦横に張りめぐらしています。とくにまだ姿を現さない父親の存在。しかも、その父親が妻にした外国人の少女が賢人の同級生としてこの大学に入学しているのです。

 さらに、この種の物語としては定番の、若者群像の絡みあい、多様なキャラの面白さ、「友情~努力~勝利」的なドラマ作り。物語の潤滑剤としてユーモアもうまく活用されています。今後、目が離せないマンガです。

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