旅先での楽しみにあげられるものに、食事、がある。

 だがわたしは、食事をそこまで重要視していない。もともと日本でも規則正しく一日三回食事をとっているわけでもないし、海外旅行中は興奮状態にありなかなかお腹が空かない。大体、海外の食事は量が多すぎて、一人旅ではなかなかレストランにも入りにくい。したがって昼ごはんはジュースだけ、なんてことになりがちだった。

 しかし今回は二人旅である。しかも美食の国と言われるイタリアだ。たくさん食べよう、そう決めていた。

 ピザがめちゃくちゃ美味しい! イタリアへ旅をした人が必ず言うセリフである。わたしたちも、シチリア到着一日目に食べた。ピザ生地とトマトとチーズとバジルだけの、シンプルなピザ。味は普通だった。日本で食べる宅配ピザとそう変わらない。次の日はトマトのスパゲッティを食べた。一人前にミニトマトが二十個以上使われていた。これは期待できる、そう思ったけれど、パスタは伸びていてアルデンテとは程遠かった。

 おかしい。日本のイタリアンのほうがはるかに美味しい。

 いや、とわたしは考える。この二軒は、
地元の人がいく、いわば食堂である。もっと高級なお店に行ってみるべきだ。

 海辺にある立派な店で、ウニのパスタを頼んだ。お値段もかなりいい。麺はアルデンテだった。よし、と思う。しかしウニは火が通り過ぎていてぼそぼそだった。観光地だから仕方がないのかもしれない、と思う。

 また違う高級レストランに行ってみた。サラダにかけるオリーブオイルが風味豊かで、期待値が上がる。が、出てきた魚介類のパスタはしょっぱ過ぎて、パンがなければとても食べられない代物だった。

 おかしい。おかしい。
 美食の国のはずなのに。

 考えてみればシチリアは都会からだいぶ離れた島だ。日本食を期待して沖縄に行っても琉球料理が出てくるように、シチリアもシチリア料理なのだろうか。

 諦念にとらわれたわたしは、食欲を失った。しかし同行者がいる以上、ジュースだけで済ますわけにもいかない。渋々レストランへついて行く。

 パスタもピザもいらない。わたしはカポナータを頼んだ。ウェイターに、それだけ? と尋ねられたが、それだけでいい、と答える。カポナータは、トマトで夏野菜を煮込んだシンプルな田舎料理で、普通は前菜として食されるものだ。

 運ばれてきたカポナータは、パスタ皿いっぱいに盛られていた。量が多すぎる。
ため息をつきつつ、口に運んだ。

「美味しい」
 思わずつぶやいた。

 味付けはほとんどない。でも、よく煮こまれた野菜たちから豊かな味が染み出している。美味しい美味しい美味しい。夢中で食べた。カポナータは、たったの六ユーロだった。

 わたしは悔い改めた。今まで、適当に店に入っていたわたしがいけなかったのだ。美味しいものを食べるためには、美味しい店を選ばなければならない。

 その後、わたしはネットで評判のお店を探した。口コミは馬鹿にできないものなのだ、とくに土地勘のない海外においては、と思った。そしてそういうお店は、だいたいそんなに高くなかった。美食の国に来た、ようやく思えた。

 きっとわたしは、日本に行けば忍者に会えると思って渋谷を歩いている人、みたいなものだったのだろう。忍者に会うためには、忍者がいる場所へ行かなければならないのだ。伊賀とか。

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