リーマンショックと東日本大震災を経験して、人とのつながり方を「浅く、広く、弱く」に変えた、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さん。その結果、組織特有の面倒臭さから解放され、世代を超えた面白い人たちと出会って世界が広がり、小さいけれど沢山の仕事が舞い込んできたそうです。そして、困難があっても「きっと誰かが助けてくれる」という安心感も手に入りました。SNSで大きく反響を呼んだ、新刊『広く弱くつながって生きる』には、誰でも簡単に実践できる、人づきあいと単調な日々を好転させる方法が書かれています。

(写真:iStock.com/paylessimages)

昭和の人間関係の縮図のようだった記者時代

 私は大学卒業後、毎日新聞の記者を12年間していました。当時の毎日新聞社は、大企業ということもありTHE 昭和の「強いつながり」を体現している会社でした。しかし、当時は組織にいる息苦しさを感じたことはありませんでした。むしろ保守本流で、会社人間まっしぐら。というのも、社会部の中枢のような警視庁記者クラブ担当で、自分で言うのもなんですが、わりあいエリート記者だったのです。38歳で辞めた時も、かなり驚かれました。

 新聞社は非常に家族的な組織で、よく「職種のデパート」と言われます。実際、ありとあらゆる職種の人が社員として働いています。24時間稼働しているため、外注に出すと緊急時に間にあわないからです。記者、カメラマン、イラストレーターはもちろん、印刷技術者、私がいた時代は社員食堂の料理人や警備員まで社員でした。

 総務畑の人などが定年になると、嘱託で保安部という部署に再雇用されたりします。すると、今日までスーツを着ていた人が、次の日から警備員になっていたりするのです。

 もはや完全に一つの村のような組織で、周囲の空間からは孤絶した、山の中の共同体といった様相です。当時、私はそういう環境でも大丈夫でしたが、やはりあわない上司と24時間つきあうような状況になると、かなりのストレスを感じました。

 組織にいると、就業時だけ我慢すればいいわけでも、自分の仕事だけやっていればいいわけでもありません。やはり共同作業、共同生活のようになりますが、あわない人とはまったくあわないものです。その辛さは新聞社であれ、一般的な企業であれ変わりません。

固定的な生き方は人間関係を狭める

 会社勤めも、終身雇用が前提だと社外の人とのつきあいが減っていきます。仕事後に同僚と飲みに行き、土日も社内で作られたサークル活動に精を出す。その中から社内結婚するカップルも出てくるかも知れません。そうしたことが良くないと言っているのではありません。ただ、人間関係を社内だけで完結したまま歳を重ねると、気づいた時には社内にしか友だちがいないという状況に陥りがちです。

 1980年代、「濡れ落ち葉」という言葉が流行しました。晩秋の頃、雨が降った後に道を歩くと、靴の裏にたくさん落ち葉がつくことがあります。それになぞらえて、定年後に行き場をなくした男性が、奥さんの後ろについていく様子を揶揄した言葉です。

 現在も濡れ落ち葉になる可能性は充分にあります。そうならないようにするには、たとえば1カ所に住んで固定的な関係の中で生きるよりも、移動生活により居場所をあちこちに作るという発想が大切だと思います。

 それが難しいのであれば、1カ所に住みながらも浅く、広くつきあうことで「弱いつながり」をたくさん築いていく。現在はフェイスブックなどがありますので、さほど難しいことではありません。

個別の関係を積み重ねる時代

 私自身、いわゆる「業界」と呼ばれるコミュニティにはあまり興味がありません。固定化されている関係性が苦痛だからです。

 どの職種でも、「業界」とのつながりは本当に面倒で、懇親会やら立食パーティやらに出席して、つまらない話を聞かされるといった苦行を強いられることが少なくありません。ですから、業界的な集まりと完全に距離を置いています。出版業界にしても、各社の編集者とつきあいがあるだけで、会社とのつながりはいっさいありません。

 私にはずっと、ムラ的なものは面倒くさいという一貫した感覚があります。それは新聞社勤務をはじめとする昭和というか、20世紀の体験からくるものだと思います。

 当時の日本社会は、強いつながりを重視する息苦しさがありました。強いつながりは安逸ももたらしますが、そこには息苦しさとの同居があります。私も当時は安逸だと思っていたのですが、いざ自分がフリーになって仕事をするようになると、いかに息苦しかったか、面倒くさかったかを実感しました。

 当時の毎日新聞のような、終身雇用を前提とした会社が減ってきた現在は、逆に個人が切り離されて寄る辺がなくなっている時代でしょう。すると、誰しももう一度人とつながりたいと思うものですが、またボスザルの周りにはべる家来のうちの一匹になるのは好ましくない。かといって、一匹狼もしっくりこない。

 群れに埋もれることも、一匹狼になることもなく生きるにはどうすればいいか。そう考えた時、これからはやはり何らかの組織に依存するのではなく、個別の関係を積み重ねていくという方向性になっていくと思われます。

 個別の関係の重要性を考えるようになったきっかけは、2008年頃に起きた出版不況でした。それまで仕事をしていたおもな舞台は『諸君!』『論座』などの論壇誌や、フリーになる前に勤めていた『アスキー』などのパソコン誌でした。当時はジャーナリストと編集者がコミュニティ化しており、編集者と仲良くしていれば何となく仕事が回ってきました。しかし、出版不況でコミュニティそのものが完全に消滅したのです。

 それは自分の生活の糧が消えてしまったのとイコールです。そこでこの10年は生活を維持しつつ、新たなコミュニティ感覚をどうやって再構築するかを試行錯誤してきました。その結果として、個人同士のつながりを蓄積するという方法に至ったのです。

同調圧力による強いつながり

 一般的に私たちは、家族、会社、業界、社会といった集団に囲まれて生活しています。それを息苦しく感じることはありますが、一方ではそれにより安心感を得ています。会社員であれば、自分がその企業や業界に守られている感覚はあるでしょう。

 しかし、どんな業界にも言えると思いますが、業界秩序を乱してはいけないという暗黙の了解があります。たとえば、以前は多かった建設会社の談合なども、ある種の業界秩序と言えるでしょう。

 安定と引きかえに、徹底的にからめとる。蜘蛛の巣でがんじがらめにするのが、日本の企業や業界のあり方と言えるでしょう。これが強いつながりの基盤です。

 かつてはそれが終身雇用と相まって、安心感を得る材料の一つになっていました。蜘蛛の巣にからめとられようと、そこで頑張るだけの価値はあったわけです。

 しかし、現在はどれだけ頑張ろうとリストラもあれば倒産もあります。たとえばアマゾンのような黒船がやってきたことにより、今後、流通業界そのものが駆逐されてしまう事態も起こり得ます。

 そうなると、一つの企業や業界にしがみついていることはローリスク・ローリターンではなく、ハイリスク・ローリターンになります。維持するのはとてもたいへんなのに、得られるものが少ない。苦労して働いても、何かあるとすぐに解雇するブラック企業にいるような状態になりつつあるわけです。しかも個人が集団の圧力から逃れるのは困難です。

 ところが、おもに年配の人は組織や社会の理屈として、若い人に同調圧力をかけます。へたをすると、派遣社員にまで「〇〇マンのプライドを持て」などと言うのです。

 あるいは、仕事で好成績を上げている人は能力への自負があるため、新人が入ってきたりすると、自分と同じことをやらせようとします。

 特に苦労した人ほど、自分と同じ苦労を人に求めたがる習性があります。自分はこんなに下積みで苦労したからここまできた。だから、そういう下積みを経験しないと成功しないという理屈です。「うどんは踏めば踏むほど強くなる」などと言うのと同じです。

 すべての原因を努力に集約するやり方は、社会全体をどんどん不幸にしていきます。時代が変わりつつあるのに、それに気づかない意識のギャップが表れているのです。
(つづく)

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佐々木俊尚『広く弱くつながって生きる』

人間関係に振り回されない30の方法
○年賀状だけの関係性が転職成功を呼び込む
○誰に対しても「たまに会う人」というスタンスをとる
○「ささやかでも誰かが助けてくれる」生き方とは?
○ボランティア、サークル活動、副業を始める
○夫婦は、共通の友人が少ないと長続きする
○大事なのは「弱いつながり」を沢山作ること
○遊ぶのも「インプット」という仕事
○プライバシーはあえて公開する など