「All that jazz」

 

 

 キャサリン・ゼタ=ジョーンズ演じるヴェルマ・ケリーが、格好良く歌い上げる。ミュージカル『CHICAGO』の一節だ。わたしは一緒に歌いながら、目の前に積まれた250冊の本にサインをする。

 

 

 5月に新刊が出た。それに伴って書店さんから注文があり、サイン本を250冊用意することになったのだ。家に届いた本は、ダンボール4個半にも及び、目の前に積んだ書籍は山のようになった。

 

 

 その日は、雨だった。

 

 

 時折、雷さえ鳴らしながら、雨はどんどん強さを増していく。目の前の大きな窓には、雨の日特有のまぶしい白い空が、どこまでも続いている。一緒に住んでいる彼は出かけてしまった。彼は、傘を持って行っただろうか。どんな服を着ていただろうか。寒くないだろうか。そこまで考えて、まるで“お母さん”のようだと思い、考えをやめる。

 

 

『CHICAGO』のサウンドトラックが次々曲を流してくる。このミュージカルの曲にはハズレがない(とわたしは思う)。わたしは流れるようにサインをしながら、一緒に歌う。一言一句間違えずに。それどころか、時折映画の中の女優と同じような振り付けをしながら。こんなにしっかりと覚えているのには訳がある。

 

 

 この歌たちは、わたしがひきこもりをしていたときに毎晩聞いていたものなのだ。本当に、毎晩、毎晩。

 

 

   *

 

 

 5年前は、ひきこもりだった。

 

 

 昼はずっと天井を見つめ、夜になると泣き叫んだ。元旦にもかかわらず親が運んできた食事を、部屋で一人ひっそりと食べたこともある。夕方になるまでカーテンを開けず、無理に開けられるとドラキュラのように嫌がった。

 

 

 頑張りすぎたのだと思う。

 

 

 就職活動の波に乗れず、自分の居場所を見つけられず。やりたいことだけは山のように多いのに、しかしそれを実現するほどの実力も知識もなかった。理想だけが膨らんで、期待ばかりしたけれど、実際には何ひとつ進まなかった。そうして周りがどんどんわたしをおいて進んでしまうことに焦って、人と衝突した。それでも頑張って頑張って「まだやれる」「大丈夫」と言い続けたら、頑張るどころかまったく動けなくなってしまったのだった。

 

 

 実家に連れて帰られてからは、どこへも行かなかった。ただ、泣いたり、怒ったり、無気力になったりを繰り返していた。そうして夜23時になると、机の前に座り、小さなテレビで『CHICAGO』を流す生活。

 

 

 どんな経緯で『CHICAGO』にたどり着いたのかは忘れてしまったけれど、一度見て一気に引き込まれた。過激なストーリー、過剰な色味、素晴らしい楽曲、あっけらかんとした強い女の人たち。彼女たちは、夢を掴むためならなんだってする。当然フィクションだから許されることなのだけれど、何もかもを差し置いて自己中心的な思考回路で前に進んでいける強さが羨ましくて、朝までずぅっとエンドレスでかけた。息継ぎやまばたきのタイミングまで覚えてしまうほどに。

 

 

 わたしは『CHICAGO』をかけ続けながら、ひたすらに絵を描いていた。なぜ絵? と思うかもしれないけれど、人は辛さがピークに達すると、どうやら言葉よりも絵や写真などの方向に心が行くらしい。

 

 

 すこし不気味な話だけれど、感受性がマックスに高ぶっていた当時は、自分の描く絵と話をすることができた。絵の中の女の子が、わたしに語りかけてくるのだ。「こんな服が着たい」とか「この服を着てどこどこへ行くつもりだから」とか。画力のないわたしは「できるだけやってみる」と答えて、外が明るくなるまで描いた。描いて、描いて、ひたすら描いた。夢中だった。きっと心の中に溜まっている言葉にならない思いたちが、何かの形で外へ外へと出たがっていたのだと思う。

 

 

 やがて朝が来ると、リビングへ行き、唐突にケーキを焼いた。だいたいはバナナパウンドケーキを。焼き終わると一口も食べずに食卓の上に置き、今度はそのまま散歩を少しして帰ってくる。家に戻ると母親が起きてきて「どこいってたの?」と聞く。「ぼんやりしたまま出ると危ないよ」。それに対してわたしは怒る。そうして部屋へこもってまた眠る。

 

 

 あの頃、わたしはどんな風に生きたらいいのかわからなかった。

 何をやってもうまくいかず、自分自身が嫌でたまらなかった。

 頑張れない自分も、怒鳴ってしまう自分も嫌いだった。

 

 

 何度か無理やり立ち上がろうとして、無理に東京に戻ってみたり、無理に何かをはじめようとしてみたりしたが、うまくいかなかった。「もう大丈夫だから」と言ったくせに1ヶ月ちょっとでまた実家へ帰ってしまう。そんな自分がどんどん嫌いになって、もう覚悟なんてしないと思うようになった。

 

 

 それで最後に東京へ戻ると決めた時も、両親には「また戻ってくるかもしれないからね」と言いながら新幹線に乗り込んだ。母は「また元気がなくなってもいいよ」と言ってくれ、わたしも「だめになったら、また休もう」と言い続けた。そうして、いつのまにかもう5年近く経つ。たまに実家に帰っても、あの頃描いた絵たちはもう話しかけてくることなどない。

 

 

 あの頃の病名は、よくわからないままだ。

 当時はこの状況を許してもらうための免罪符のように病名を求めていたけれど、うつ病だとか、いやいや躁鬱病だとか、そうではなくて適応障害だとか言われても、あんまりピンとこなかった。今となっては、病名なんてどうでもいい。つらかった、それだけが真実なのだし。

 

 

 ところで「All that jazz」は、作中では「なんでもアリ」と訳される。

 人殺しをした直後のヴェルマが歌うそのフレーズは、とても正気とは思えないけれど、わたしはあのときなんだか救われた気がしたのだ。

 どんなことがあったって、「なんでもアリ」なのだから、自分を責めることも悲しみすぎる必要もないんじゃないか、などと過大解釈をして。

 

 

 サウンドトラックが二周目に入り、ほとんど無意識に「All that jazz」と一緒に小さく歌ったころ、サインはほとんど書き終わっていた。自分で書いた本たち。書店さんに頼まれたサインたち。そして、引きこもりの頃に好きになった、雨の音。

 

 

 誰にも会いたくない、誰とも話したくないと部屋にこもっていたわたしは、時間をこえて、好きな人と暮らす家にいる。

 

 

 一度ダメになったからといって人生はそこで終わるわけではないし、かといって一度うまくいったからといってそのまま人生がすすむわけではない。でも別にどうなったって大丈夫。悲観しすぎたり、怖がったりしなくていい。なんといっても、人生は「All that jazz」なのだから。そのくらいの気持ちでいたいものだ。これから先も、ずっと。

 

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