今回紹介するのは、『闇金ウシジマくん』の派生シリーズ、『らーめん滑皮(なめりかわ)さん』です。

『闇金ウシジマくん』といえば、手塚治虫文化賞での審査が忘れられません。2010年頃、私はこのマンガ賞で同じく委員だった呉智英さんと一緒に審査に参加していたのですが、呉さんは、ほぼ毎回『闇金ウシジマくん』を大賞の候補に挙げていました。

 私もその主張に賛同して、「『闇金ウシジマくん』こそ、いまの社会の構造的な闇を描く人間喜劇、現代日本のバルザックだ」と呉さんの尻馬に乗って声を上げていたのですが、ほかの委員からは「あまりに暗くて、手塚治虫先生の名前にふさわしくない」といわれ、相手にされませんでした。

 とくに東日本大震災が起こった2011年には、こんな非常時は日本人を温かく励ますマンガが必要だという考えが審査委員の大半を占め、相変わらず『闇金ウシジマくん』を推す呉さんと私は、変な奴としてKY扱いされたのでした。

 それほど暗く危険な迫真力を放っていた『闇金ウシジマくん』ですが、あれから7年経って、日本の闇はさらに深くなり、このマンガの描く地獄絵図は、もはや驚くにも当たらない日常的な風景と化し、自らをパロディにするような作品、つまり本書『らーめん滑皮さん』まで描かれるようになったのです。

 原作は『闇金ウシジマくん』と同じ真鍋昌平ですが、作画は山崎童々。絵のタッチは『ウシジマくん』とほとんど変わらないので、いしかわじゅんさんによれば、この山崎童々は真鍋昌平のアシスタントだろうとのこと。素人が見れば、『闇金ウシジマくん』とあまり区別がつかないでしょう。

 しかし、全体の印象はかなり違っています。先に「自らをパロディにする」と書いたように、これはあくまでもお遊びだという感覚がみなぎっていて、『ウシジマくん』の(とくに初期の)あのぎざぎざした刃で肉を抉るようなあぶない痛さは抑えられています。

 主人公の滑皮はかつて『ウシジマくん』の「ヤンキーくん」編に登場した凶暴なヤクザで、食べ物の喰い方が汚いという設定の男でした。その設定を受けついで、『らーめん滑皮さん』では、毎回食べ物を喰う場面がハイライトとして挿入され、いわゆるグルメマンガの変種としても面白く読むことができます。

 ウシジマくんは出てきませんが、代わってウシジマの経営する「カウカウファイナンス」の若手社員・戌亥(いぬい)が視点人物(一種の語り手)として登場し、滑皮の阿漕なヤクザ商売を冷静かつ皮肉に見つめ、なかなかいい味を出しています。

「ヤンキーくん」編では元暴走族の愛沢が悲惨なピエロ役を演じましたが、本作にもそのどうしようもない愛沢が出現して、滑稽で情けない主役級の活躍をします。

 グルメ&ヤクザマンガの珍品として『ウシジマくん』を知らなくても大いに楽しめます。

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