今多くの人が、自分の生き方について考えている時代です。1年後もどうなっているかわからない、そんな急激な変化の中で、生き方の指針が必要だという、ある種の危機感のようなものが私達に芽生えているのかもしれません。
『嫌われる勇気』著者で哲学者の岸見一郎さんの新刊『成功ではなく、幸福について語ろう』では、他の人からおしつけられる「こうあるべきだ、という期待」に反することの重要性について、次のように語っています。


コートを脱ぐように、何のためらいもなく、偽りの幸せを脱ぎ捨ててしまおう

 三木清は『人生論ノート』の中で、たびたびゲーテの言葉を紹介しています。そのゲーテは、「自分自身を失わなければどんな生活も苦しくはない。自分が自分自身でさえあれば何を失っても惜しくない」といっています。これはゲーテの詩です。

 三木自身もこんなことをいっています。「幸福は人格である。ひとが外がい套とうを脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである」

 偽りの幸せは、コートを脱ぐように何のためらいもなく脱ぎ捨てることができる人が幸せである。しかし、真の幸福は、脱ぎ去ることはできない。なぜかというと、本当の幸福、真の幸福はこの私と一つのものだからです。

 この三木の言葉は十一年前に私が心筋梗塞で倒れた時に、非常に励みになる言葉でした。当時私はある学校で非常勤講師をしていたのですが、すぐに解雇されました。次の週に講義にこられるかわからない講師を雇っているわけにいかなかったのでしょう。一カ月も入院したら、また復職できるといったのですが、聞き入れてもらえませんでした。

 病院ではベッドの上でまったく身動きが取れませんでした。その状態で、何日も何日も過ごしました。家族に迷惑ばかりかけることになり、そういう状態で過ごさなければならなくなった私は、本当に自分は生きていてもいいのだろうか、生きる価値はあるのだろうかと考えないわけにいきませんでした。しかし、その時に思い出したのは、他の幸福は脱ぎ捨てることはできるが、真の幸福は自分自身と一つなのだという三木の言葉でした。

捨てきれていなかった名誉心

 私自身は哲学を昔から専攻していたので、世間的な成功は自分には無縁ということはよく知っていました。それでも、大学の教授になるとか、学位を取るとか、そういう世間的な名誉というものをほしいと思わなかったわけではないです。

 しかし、そういうことは、今の自分にとってまったく意味がないということに気づいたのです。ベッドで身動きが取れなくなった時に、お金とか成功や名誉はまったく役に立ちません。ですから、そんなものは外套を捨てるように脱ぎ捨てていいのだということを知った時、そういうことを教えてくれる三木の言葉は、私にとって非常に強い励ましになりました。

 自分自身ではなく、自分に所属するお金だとか名誉だとか仕事だとかそういうものは真の幸福とはまったく関係のないものだということに病院のベッドで気づくことができたのです。

「こうあるべき」から自由になることが幸せの第一歩

 私たちはこうやって日々生きている中で、実はその自分自身を見失っています。
なぜそういうことがいえるかというと、これも三木の『人生論ノート』からの引用ですが、「我々の生活は期待の上になり立っている」からです。「我々の生活は期待の上になり立っている」といった後に、三木は「時には人々の期待に全く反して行動する勇気をもたねばならぬ」といっています。これはまさに「嫌われる勇気」です。

 私たちは他の人からこうあるべきだという期待を押しつけられて生きています。例えば、親の意に沿わない人と結婚しようとすると、親は反対します。結婚しないで生きていこうと決心した時も親は反対します。結婚する時に親の意向は関係ないと私は単純に考えますが、その時、親不孝をしたくない、親孝行しないといけないという人がいて驚きます。人から期待されている自分を生きることは、結局のところ、自分自身の人生を生きることにならないし、真の自分を失ってしまうことになります。

 ですから、三木が「人々の期待に全く反して行動する勇気をもたねばならぬ」というのは、まさに私たちが傾聴しなければいけないことだと思います。「世間が期待する通りになろうとする人は遂に自分を発見しないでしまうことが多い」と三木はいっています。
 自分の人生を生きようと決め、親の期待に沿わず、その結果、親の期待を裏切ることになりますが、親との摩擦を経験する中で初めて人は自分自身を発見することができるのです。そうすることが本当の幸福に近づくためには非常に大事なことになってきます。

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岸見一郎『成功ではなく、幸福について語ろう』

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