ああ、春って素晴らしい。

 近所のお庭の柵にはクリーム色の木香薔薇がからまり、足元にはパンジーが咲き、木々の間から鳥のさえずりも聞こえる。

 春ってなんて素敵なの。ブラーヴォ、ブラーヴォ、ブラヴィッシモ。私が青空に向かって快哉(かいさい)を叫びたくなるのも、花粉症が治ったからだ。去年の4月に一人で自由が丘に引っ越して来てから、毎朝欠かさず酢玉ねぎを食べたのだ。

 一緒に酢玉ねぎを始めたのに、三日坊主でやめた実家の人たちは、今年も鼻をたらし、目を赤くしている。

 そういえば春になってから、生理もない。

 毎日が爽やかなはずだ。2年前には、生理の周期が19日になってしまい、「ああ、私の人生、一年中生理なのか」と、暗澹(あんたん)たる思いがした。そういう時期を過ぎたら、だんだん生理の周期が長くなり、時々一回、生理が抜けることがあった。そういうときでも生理痛はしっかりとあり、誰かに頭と足をもって、ぎゅーっと身体を雑巾絞りにされたごとく下腹部が痛み、そんなに痛いにも関わらず、さっぱり出血がないときには、私の中で、女性ホルモンと老化が一生懸命、戦っているのだなあと思った。

 20代の頃、一番生理痛が酷(ひど)かった。実家にいるときなどは、「ううう. . . 」とうなり声をあげ、身体をくの字にして、「お腹が痛い、痛い」と畳の上に転がっていた。苦しむ私の頭のそばで、母が仁王立ちになり、「痛くないと思えば痛くないっ。陣痛はその100万倍痛いのよっ」と大声で言った。私は心の中で、「絶対にこれの100万倍ってことはない。5倍か10倍くらいのはずだ」と思ったが、お腹が痛すぎて言えなかった。見かねた父が鎮痛剤と水を持ってきてくれた。

 そして、この春、暖かくなってから、生理がない。あれほど苦しんだ生理痛もないのだ。私の中の女性ホルモンが老化に負けたのだ。

 中2で初めて生理になり、35年余り。生理のときに絶対に必要な生理用ナプキンは飛躍的な進化を遂げてきた。一番、最初に母に渡されて使ったナプキンは、ただの長方形でパンツに貼り付けるように、ちょこっと2センチ×5センチくらいのテープがついていた。ナプキンに接着テープを付けたというのは、すごく画期的な発明だったと思う。あのちょっとしたテープで、どのくらいの女性が生理の日を安心して過ごせるようになったかと思うと感慨深いものがある。

 私の母が若い頃は、ナプキンにシールもなにもついていなかった。母は私が小さい頃、お人形遊びをしているのを見たら、母の生理用ナプキンをベッドにして、お人形さんを寝かせ、上にハンカチをかけて掛布団にして遊んでいて、思わず吹き出してしまったそうだ。

 祖母の時代は生理用ナプキンなんてものはなく、脱脂綿を丸めて使っていたそうだ。ずいぶん不便だったろうと思う。

 私が生理になった頃から、閉経を迎えようとしている今、生理用ナプキンはパンツに貼り付けるシールの面積が大きくなり、経血の横漏れ防止のために、羽がついたり、寝ても漏れないように、身体の形にあわせて立体的になったり、経血の量に合わせてナプキンの厚さが変わったり、至れり尽くせりの工夫が施されてきたのは、ほとんどの女性が知っている。

 ああ、それなのに、それなのに。私は、自由が丘の町を歩いていて、あっと驚く看板を見た。

「布ナプキン オーガニックコットン」

 びっくりしたなあ、もう. . . 。お店の中には、可愛いお花模様や水玉のコットンの布ナプキンがならんでいた。

 聞いたら、布ナプキンを何度も洗って使うのだそうだ。それも一晩蓋(ふた)をしたバケツにアルカリ性の洗剤で付け置き洗いをするのだそうだ。そんなバケツを家の中に置いといて、誰かに蓋を開けて見られたらと思うと、おちおち生理にもなれない。

 昔は、生理中の女性を穢(けが)れとして、村はずれの小屋で過ごさせるという話も読んだことがある。私の夫の人の故郷では、出産小屋というのが、昭和の60年代まであったそうだ。それは、やはり、出産に伴う出血が死を連想させる穢れと捉えられたため、なるべく共同体から離したかったらしい。

 布ナプキン。一枚買ってみようかどうか迷ったが、前回をもって閉経の確率が高いため、買わないで帰ってきた。布ナプキンを使った感想は若い友人I澤さんに是非、聞いてみたいと思う。

 

※毎月2日、17日公開予定です。

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