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本屋の時間

2018.05.15 公開 ツイート

第38回

著者と本屋 辻山良雄

jakkapan21/iStock

 先日、下北沢のB&Bで行われた『この星の忘れられない本屋の話』(ポプラ社)の刊行記念トークイベントに出演しました。トークのなかで、「本屋に来た、ある本の著者が、棚に並べられていた自分の著作を、(目立つように)他の本の上に勝手に置いた」という本文中のエピソードが話題にのぼりましたが、これはTitleでも実際にあった話です。本屋の立場からすれば、気持ちはわからなくもないですが、本を売る仕事に介入されたという複雑な気持ちになります(なおこの本では、同じ出来事が著者側からの視点で書かれており、別な結論になっています。面白いのでご一読ください)。

 もちろんそのようなことは滅多に起こるわけではなく、開店以来多くの本の著者が店を訪れましたが、印象深い記憶がいくつもありました。「本を書いたので、時間があれば読んでください」「わたしの本を〇〇で紹介していただき、ありがとうございました」ということは多いですし、本屋に行くこと自体が好きで、一度Titleに来てみたかったという人もいました。なかには「たまたま入ったけど、自分の本が置いていたので嬉しくなり、少し話をしてみたくなった」と打ち明けた人もいます。

 本を書く人と実際に会ってお話しすることは、その人の本を売ることに対して、見えない力になっていると感じます。新しい本が出れば、それを紹介する文章にも力が入りますし、その人の佇まいや言葉などから、ふさわしい本の置き場所や紹介の仕方が何となく見えてきます。そしてその本を買ってくれる人がいれば、〈手渡した〉という実感が他の本よりも強く残るので、店とその著者との関係が更に深まっていくように感じられます。そうした関係の著者が多いほど、その店は見えない力に守られていくようで、強くなるでしょう。

 また、店に来るのは生きている著者だけではありません。亡くなった著者のご遺族が、店に訪れることもありました。直接知っている訳ではなく、もう亡くなった人物のことを書くときは、どこか距離のある抽象的な文章にもなりがちですが、ご遺族との出会いは、その著者との見えない縁を結んでくれるようで、店を続けるうえでの励みとなります。一冊の本を紹介すること、手渡すことの重みを感じた瞬間でした。

 

今回のおすすめ本

『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館)

 吉祥寺の人気者だった、「ゾウのはな子」。この不思議な本は、はな子永眠ののち、市民から提供された「はな子と一緒に撮影した写真」と、「撮影日当日の飼育日誌」が、時系列で構成されている。ページに直接貼られた写真をめくると、また別の写真が出現し、イメージの反復や裏切りが楽しめる、アートを感じさせる一冊でもある。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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