鉄人・衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)が亡くなった。71歳だった。

 私が衣笠と初めて会ったのは、1970年に広島カープの守備担当コーチに就任したときである。当時の根本陸夫監督から「2年間でいいから」と招かれ、当面の宿泊先にしていた若手選手の合宿所に行くと、一人の男が玄関で待ち受けていた。「私は衣笠祥雄です。よろしくお願いします」と挨拶してバッグを持ってくれたのが衣笠だった。

 京都・平安高校から捕手として入団5年目の彼は当時、一塁に転向してレギュラーになっていた。初めて会った衣笠の第一印象は、「礼儀正しい選手がいるな」だった。

 私が約束通り2年で退団した後、衣笠は1975年に三塁に転向した。その後、カープの主力打者として球団初のリーグ優勝と日本一に貢献し、2215試合連続出場の日本記録をつくったことは周知の通りである。

「どうして球が捕れなくなったのでしょうか」

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