大切な人の死。
僕たちはすべて、朽ちて無くなる存在なのだ。
でもーー。

幸せ者

 以前、このエッセイで紹介した「カワモトさん」が先日天国に旅立った。
 訃報が来た時、僕はレコーディングの歌入れをしている最中で、皮肉にも「別れ」をテーマに書いた詞を歌っていた所だった。

 通夜で対面したそのヒトは、凜々しくも安らかな顔で眠っていた。

「息子の結婚式までは…」と気張り、出席を果たすことができたが、あれから僅か1ヶ月後のご逝去。挙式では白いタキシードを着ていた息子の「ゆうすけくん」は、今度は黒い礼服を着て僕を迎えてくれた。
 最期は、家族に見守られ、また、闘病中も毎日のように通っていたサウナでの顔馴染み“サウナ友”からいつもと同じ席順で囲まれ、逝ったそうだ。通夜の葬儀場はたくさんの人と花で溢れかえり、早すぎる別れを悔やみ、すすり泣く声が終始鳴り止むことはなかった。

 翌朝、告別式に出席するために、朝から礼服に袖を通し、黒のネクタイを締めた。今日がカワモトさんに逢える最後の日だというのに、まったく実感がない。
 告別式には通夜以上に大勢の人が参列していた。用意された座席には座りきれず、入り口付近まで、参列している人で溢れている。漂ってくるお経の声と、お焼香の匂いが、なんだか非現実的で、夢でも見ているようだった。本当にあの、祭壇の中にカワモトさんが居るのだろうか。なんだか信じられない。
 お焼香ってどうやったらいいんだっけ。不謹慎にも、僕は以前人から聞いた、外国人が日本のお焼香のやり方がわからず、“抹香を食べちゃった”話を思い出し、つい笑いそうになった。
 しかし今目の前にあることは紛れもない現実で、僕はもう二度とカワモトさんの声を聞くことができないのだということを思い出すと、今度は涙の止め方を忘れてしまった。

 10年に及ぶ闘病生活の末、転移と手術を繰り返しながらも、カワモトさんは、家族や周りの人達のために懸命に“生きた”。
 喪主である奥様は、地域の塾の先生をしながら夫を支えたそうだ。「夫婦で息子の結婚式に出席しよう」という約束を果たすため、料理の勉強をして毎日栄養バランスを考えた料理を作っていたらしい。「夫は幸せな人生だったと思います」と、泣きながら笑うその姿に、参列者も皆、不条理な別れに涙した。

 カワモトさんはいつも「死ぬのは別に怖くないよ。ただ、残した家族が心配じゃのー」と、人の心配ばかりをしていた。本当に怖くなかったんだろうか。痛みに耐えながら、10年もの間、病と闘うのは、いつ心が折れてもおかしくない苦難の連続だったんじゃないだろうか。安らかに眠るカワモトさんの姿に、僕はただただ涙を拭くしかできなかった。一人の作家として失格だが、この気持ちをうまく言葉に形容できない。
 もう逢えない寂しさと、出会えた感謝と、カワモトさんが痛みから解放された安堵と、色んな感情が入り交じって、心が震え、ぞうきんを絞るように顔がくしゃくしゃになってしまう。

 あっという間に葬儀は終わり、遺影を大切そうに抱えた奥様と、凜とした姿のゆうすけくんが、参列者に深々と頭を下げた。カワモトさんは家族に運ばれ、黒い霊柩車で葬儀場から旅立っていった。僕は母からもらった琥珀色の数珠を握りしめて、手を合わせ、心の中でカワモトさんにお別れを言った。

 その日の午後から、僕は地元のイベントにゲスト出演させてもらう仕事があったため、礼服から衣装に着替え、華やかなステージの上でいつも通り歌を歌った。辛くて歌えないかと心配だったが、いざ人前に立つと、逆にすべてを忘れて、リラックスしながら歌うことができた。

 野外ステージだったこともあり、雲ひとつ無い青空の何処までも響くよう、必至に声を絞り出して歌った。

 人は死んだら何処へ行くのだろう。映画や物語のように、死後の世界というものがちゃんとあって、そこは美しくて、いつかまたそこで別れた人々と再び逢えるのだろうか。
 誰かの死に直面するたびに、僕はどうしようもなく恐ろしい気持ちに苛まれる。今持っているすべての物は、いつか必ずすべて失ってしまう運命にある。今まわりにいてくれる大切な人達も、自分も、いつかは必ず朽ちて無くなってしまう。そんな恐ろしいことが、本当は当たり前のことなのだ。
 積み上げれば積み上げるほど、それをいつか失う怖さと戦い続けなければならない。じゃあ、最初から何も持ってない方が良いのだろうか。決してそんなことはない。カワモトさんが家族や仲間たちに何かを託したように、自分が朽ちた後も、この世界は廻り続けるのだ。自分の手の中になくても、消えずに残り続けていくモノは存在するのである。

 人は愛する人達の幸せのために生きて、死んでいくものなのかもしれない。そんなふうに強く生きてゆける幸せ者に僕もなりたい。

写真:iStock.com/izzzy71

 僕は、今日も元気に歌ってますよ、カワモトさん。もし聞えているのなら、そっちでもちゃんと応援して下さいね!

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