B&Bをチェックアウトし、パレルモへ移動する。バスが通っているようなので、バス停への行き方を地元の女の子に聞いてみる。携帯アプリの、音声入力をすると日本語に変換してくれる、という機能を使ってみた。アプリ曰く、「真っ直ぐに言って信号の底に行けばある」とのことである。信号の底。哲学か。まあ普通に考えれば、つきあたり、ということだろう。とりあえず信号へ行ってみることにする。

 道を歩く。目が合うとみんなにっこりしてくれる。オレンジの木が道路沿いに等間隔で植えられていて、たわわに実っている。日差しは暖かく、空は青く、山々も青くどっしりとしている。

 夢みたいな景色だった。
 なんて素敵なところなんだ、じんわりと感動する。旅先で心動かされるのはいつも、日常の中では見逃してしまいそうな些細なことばかりだ。

 自動販売機を見つけた。外国で自動販売機を見るのは珍しいことだ。近づいて見てみると、売っているのは薬だった。ヘアワックスがあればほしいな、と夫が商品を吟味するが、並んでいるのは、体温計やコンドーム、おむつ、生理用品などだった。夜中になくなったら困るような、緊急を要するものしか売っていないのかもしれないと思ったけれど、妊娠検査薬もあったりして、緊急の方向性が若干ドラマティックである。

 きょろきょろしながら歩いていると、20分ほどで信号の底、すなわちつきあたりについた。バス停がある。しかも、時刻表を見ると10分後にパレルモ行のバスがあるという。パレルモまでは、バスで4、50分でつく。ほっとしながら、バス停のベンチに座る。バス停の斜め向かいには旅行案内所らしきものもあった。困ったらあそこに行けばいいね、としばらくベンチに座ってぼうっとする。

 あっという間に10分経つ。しかしバスは来ない。ここはシチリアだしね、日本みたいに定刻通りじゃなかったりするだろうしね、とさらにぼうっとする。また10分経つ。そこで、ふと思う。今日は1月2日。もしや、休日ダイヤなのではないか?

 休日の時刻表を見る。次のバスは、明朝の5時だった。
 慌てて旅行案内所へ行ってみたが、しまっていた。電車だと、ここからパレルモまで4時間かかる。一度空港まで戻りシャトルバスに乗るのが確実な気がするが、空港まで戻るためにはタクシーに乗らねばない。
  
  シチリアには流しのタクシーはほとんどいない、とガイドブックに書いてあった。電話で呼ぶことは可能だが、その場合、我々のいる場所までの走行にも料金が発生するため、非常に高額になる、とも書いてあった。周囲を見回す。さっきから数十分、誰もこの道を通らない。

 どうしよう。来た道を戻って、B&Bの人に相談するしかないか……。
 そう思ったとき、車に乗った人に英語で話しかけられた。
「パレルモまで?」
 タクシーだった。いないはずの流しのタクシーが、わたしたちの前にいた。あまりにも都合がいいので、騙されているのかなと思った。

「パレルモまで40で行くよ」
 空港からパレルモまでの定額タクシーと同じ値段だ。バスや電車ならもっと安い値段で行ける。迷っていると、「スペシャルプライス、35ユーロだ」とさらに彼はつづけた。
 旅先で困ったときの対処法。①時間で解決する。②お金で解決する。一人旅ならだいたい①を選ぶけれど、二人旅の今回は、②だ。

 わたしたちはうなずいてタクシーに乗った。タクシーと言っても街でよく見るような形ではなく、白い小型のバンである。白タクというのは外国でも白いんだな、などと思う。

 車は120キロを出して走り、30分でパレルモについた。電車なら4時間かかっていたわけだから、3時間半も時間の余裕ができた。ちゃんと調べておけばいいのに、と思う人もいるだろうけれど、今回の旅のテーマは行き当たりばったり、なので、結果オーライなのである。

 タクシーを見送って街を見回す。
 道路の両脇に車が駐車されていて、道が狭くなってしまっている。排気ガスのにおいがすごい。土埃もすごい。道端には、ゴミがたくさん落ちている。

「この町、なんか空気が薄いね」
「今思い返すと、チーニジって、すごく良いところだったね」
 もしもシチリアに来て最初に過ごす町がパレルモだったら、ちょっとがっかりしてたかも、なんて思った。

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