「そんなんじゃ、次はまともな仕事に就けないよ」

 

 昼下がり、光がたっぷり入る家で仕事をしていると、昔言われた言葉を急に思い出した。新卒で入った会社を1年足らずで辞めようとした時のことだった。お世話になった人はたくさんいたけれど、その事実とは違うところで、心はどんどん辛くなっていた。今思い出そうとしても当時の詳細な記憶がないので、だいぶ視野と心が狭くなるくらいには追い詰められていたらしい。辞めますと告げると、「3年は、ひとつの職に就かなきゃ」と、ある人は言った。「履歴書に傷がつくよ」、「まともな仕事に就けないよ」、「今のあなたを雇ってくれるところなんていないよ」。

 

 その中には、本当に親切心で声をかけてくれる人もいたが、悪意のある人もいた。彼はわたしの未来を、なんとか悪いものだと思いこませようとした。「このまま頑張ったらまだマシかもしれないけど、逃げるようなら君の未来は無いよ」というように。

 

 でもわたしは、かまわず逃げた。その場所を離れてしまえば、常識や文化や気持ちはあっさり変わるものだと知っていたから。

 

 実際、悪意のある言葉が呪縛のようにまとわりついていたのは、職が決まるまでのたった数週間のことだ。その人たちから離れ、今までいた場所から遠くなり、新しい職場と新しい人に囲まれて一生懸命頑張っていたら、あっという間に日々が明るくなった。毎日ゲラゲラと笑いながら、以前よりよく働いた。

 

「まともな職に就けないよ」という現実的なアドバイス風の“悪口”は、無事わたしの未来とは全く関係のない場所に落ちていったのだった。

 

 そこから何年も経って、わたしはフリーランスのライターとして独立することになった。書く仕事にはずっと憧れていた。本屋に並ぶような本を書いてみたいという途方もなく思えた夢もいつのまにか叶い、今やフリーランスも3年目になる。会社員時代よりもずっと楽しく、明るく、のびのびと(そしてたっぷりと)働き、収入だってありがたいことにずいぶん良くなった。

 

 あのころ追い詰められてたくさん泣いたことは、もはや辛くも悲しくもない。「そんな時代もあったねと、いつか笑える日が来るわ」と歌ったのは中島みゆきさんだけれど、まさにその言葉通り、「そんな時代もあったなぁ」としみじみ思い出せる。あの人たちに、今の自分の姿を見せたいとも思わない。あるのはただ、よかったなぁという気持ちと、ちゃんとやってこれたという自信だけだ。

 

 そんな風にのびのび働けるようになって、最近は以前のわたしのように、現状が苦しくて仕方がない人からキャリアの相談をされる機会が増えた。転職をしたいんですが、とか、やっぱり好きなことがしたいのですが、とか。

 

「ここで辞めたら、逃げでしょうか?」というものも多いけれど、わたしはその都度「“逃げ”でも、いいじゃない」と何度でも言っている。ポケットモンスターだってドラゴンクエストだって、HPが減っているときは「にげる」を選択するじゃない。戦えない状態で戦おうとしても、無理でしょう。逃げて、逃げて、HPが回復してから、必要があればまた戦えばいいんだから。そう話すと、彼らはようやく「そっか」と笑ってくれる。

 

 逃げる人は、何をやってもダメ、という厳しい人が時にはいるが、わたしはそうは思わない。どれだけ逃げてもいい。何度逃げたっていい。「自分からは逃げられない」ことだけわかっていれば。

 

 さて、わたしが逃げて辿り着いたのは「好きなことを仕事にする」という幸せな場所だ。すると今度は、「好きなことを仕事にしてしまうと、辛くないですか?」とよく聞かれるようになった。「好きなことは仕事にするなと、言われました」と。そういう話は、たしかによく聞く。わたしも、文章を書く仕事に就くまでは「書きたくないことまで書かされて、書くのが嫌いになるんじゃないか?」と危惧していた。結論から言えば、全くそんなことはない。

 

 わたしは幼い頃から文章を書くという行為が好きだし、それは毎日仕事で文章を書くようになっても変わらない。

 

 もちろん、“仕事”なので楽しいことばかりではない。とっても正直に言えば、記事を書くのが辛くなることだって、たくさんある。書けない……とうなだれる日も、「締め切り間に合わずすみません」と頭をさげる日も、書きたくないなぁと思う日も、疲れたなぁと思う日も。いくら好きだからといっても、難しいものは難しいし、嫌なもんは嫌だし、疲れる時は疲れるのである。

 

 でも、嫌なことを含めても、この仕事が好きだ、と思う。嫌なことがあっても、頑張れる。だってこの仕事が好きだから。

 

 ここまで読んでもし「ああ、わたしはそんな風に言えそうにない……」と思う人がいれば、ちょっと膨らませて、「恋人」にたとえて考えてみて欲しい。

 

 いくら大好きで仕方ない人と恋人同士になれても、毎日一瞬たりとも不快にならず、落ち込まず、悲しくならず、嫌なことがひとつもない……なんてことはない。

 

 付き合って数ヶ月はいいところしか見えなくても、徐々に人となりがわかってくるようになれば、多少の喧嘩やモヤモヤは発生するようになる。

 

 どれだけ好きでも、時には「うーん」と思うことも「ちょっとなぁ」と思うこともあるし、喧嘩をすれば腹がたつこともあるだろう。でも、だからといって「じゃあ別れる?」と言われたら、「いや、そこまで嫌じゃないから」と言うだろう。嫌なことや疲れに勝る好きなところがたくさんあって、些細ないろいろが起きても、恋人を好きだという気持ちには揺るぎがない。仕事もこれと同じだ。

 

 嫌なことや疲れは当然あるが、だからといって辞めたいとは思わない。それよりも楽しさや好きな気持ちのほうが勝るから。どうだろう、こう言えばイメージできるだろうか? わたしが言っているのはそんなに難しい話じゃない。

 

「好きなことは仕事にしないほうがいいよ」「できるわけないよ」というアドバイスも、現実に即したアドバイスに見せかけた“ただの脅し”だとわたしは思う。そんな一言を鵜呑みにして、好きな仕事に憧れながら、現実を“こなす”ように続けるくらいなら、思い切って飛び込んでしまえばいい(もちろん、好きなことを仕事にすることだけが正義だとは思っていない。お金や時間の問題などを加味しながら、みんな自分の納得のいく選択をしていれば、それでいいと思う)。

 

 数年前に嫌なものから逃げたわたしだが、今では毎日違うものに対峙している。原稿料の交渉、長すぎる打ち合わせ、雪崩のように押し寄せてくる締め切り、お金の管理、将来計画。あの頃よりも多くのものと戦うようになった。ただし、あの頃よりも少ないストレスで。

 

「やめるべきですか?」「やめたら逃げですか?」「好きなことを仕事にしてもいいですか?」「ラクな仕事を選ぶのはよくないですか?「どんな仕事をするのが幸せでしょうか?」……。

 

 ありとあらゆる問いは、「何を大切に思い、何を嫌に思い、何を我慢できるか?」次第ではないか?と思う。わたしに答えられることはほとんどない。わたしに言えるのは、ひとつだけ。わたしは今、毎日が楽しいということだけだ。

 

 

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定