前回「女子校時代、文化祭で若貴兄弟のコスプレをした」という話を書いた。

デブ番付上位の同級生とおそろいの浴衣を着て、びんつけ油をオリーブオイルで代用し、手先の器用な女子に大銀杏っぽく結ってもらった。
そんなふうに力士コスを楽しめたのは、デブいじりやブスいじめといった、見た目差別のない環境だったからだ。

男のいない女子校には「女は男を立てて補佐するもの」という価値観もなかった。
級長も女で副級長も女、部活の部長も女で副部長も女、騎馬戦の騎手も女で馬も女。体育祭で「おりゃああああ!!」と合戦する我々は「女らしさ?何それ美味しいの?」と自由な日々を生きていた。

当時はつねに腹が減っていたので、校庭の柿の木に登って柿を食ったりと、野生の猿のように元気だった。その元気の源には「私たちは男に選ばれるための商品じゃない」という認識があったように思う。

女子校には「男に選ばれる女が上」というモテヒエラレルキーが存在しなかった。
その後、共学の大学に進んだ私は、売られてゆく子牛のように元気をなくした。「自分は男に値踏みされて格付けされる商品だ」と感じたからだ。

大学1年の私はモテヒエラレルキーでいうと「菌類」のポジションだった。男にとって格付けが上なのは、見た目が美しい女、出しゃばらず男をうまく立てる女、男よりできない(フリをする)女だ。

若き日のサイレントブスだった私は「自分は欠陥品だ」とまんまと自信を奪われた。モテないことよりも、赤の他人に価値を決められることが何倍もつらかった。

売れ残り・キズモノ・中古といった言葉が主に女に使われるように、古より女は「商品」として扱われてきた。
四十路のJJ(熟女)になった私は「俺たちは商品なんかじゃない、血の通った人間だー!!!」とバキュームカーで出陣する気まんまんだ。

「自分に娘がいたら女子校を勧めたと思う」と男に話したら「でもそれで結婚できなくなったら困るよな」と返された時も「だから、そういう価値観に染まらずにすむんだよッ!!」と口から糞尿を飛ばした。

人格形成に重要な十代を、私は女子校で過ごせてよかったと思う。
女子校もいろいろだが、我が母校は自主自立系のリベラルな校風で「女は男に選ばれるのが幸せ」と洗脳されずにすんだ。
「女は男に幸せにしてもらうしかない、自分で自分を幸せにできない、無力な存在だ」と教えることは、エンパワメントと真逆の方向だろう。

思えば、私は子どもの頃から『シンデレラ』のような物語にピンとこなかった。努力して王子様に選ばれたところで、「もういらね」と飽きて捨てれたら終わりだし、捨てられないためにはモラハラ王子にも我慢して尽くすしかない。そんな生き方、不自由すぎて幸せとは思えない。

しかも私は幼少期から足がでかかった(現在は25センチ)。なので「小さくか弱い女が選ばれる」というテンプレに萎えたのもある。
シンデレラが「巨大なガラスの靴の持ち主を探してジャイアント馬場に行きつき、王子が全日本プロレスに入門する」みたいな話であれば、夢中になっただろう。

お姫様に興味のなかった私はミステリー小説に夢中で、女探偵か女盗賊になりたかった。だが成長するにつれ「探偵や盗賊になるのは難しそうだ」と気づき、小学校の文集には「アガサ・クリスティみたいなミステリー作家になりたい」と書いた。

現在の私はアガサ・クリスティに1ミリもかすってないが、一応作家にはなった。「男に選ばれるのが幸せ」と洗脳されて「将来の夢はお嫁さん」と方向転換していたら、今こんなコラムも書いてないだろう。

「男に選ばれる女でいるのは大変だ、コストもかかるし」と嘆く女子には「お嬢さん、一緒にバキュームカーに乗らねえか?MADがMAXな道を爆走しようぜ」と誘いたいが「うるせえババア」と一蹴されるかもしれない。

だが「男に選ばれなくなったババアに価値はない」という思考は、いずれブーメランになって返ってくる。自分が進む道にウンコを並べていると、そのウンコで滑って転んでクソまみれになるのは自分だ。

先頃、靴やバッグで女を格付けする男性のツイートが炎上した。私も「こんな時代錯誤な発言して恥ずかしくないのかな?叩かれるのは明白なのに」と思ったが、これは「ぼくちんをルブタンで蹴ってエルメスで殴って♡」というアピールなのかもしれない。ドMな性癖を公にできないシャイな御仁なのだ。

老害が泣くまで言うのをやめないが、女がおしゃれするのは自分のためだ。「貴様がモテたいからって女もそうだと思うなよ」とロゼッタストーンにも刻まれている。

その男性は「むしろ女性同士で見られている」「女性同士は残酷な世界ですからね」と「女の敵は女」論も展開していたが、これも古代エジプト時代から使い古された言葉だ。 

私も女同士で集まる時はおしゃれに気合いが入る。その目的はマウンティングじゃなく、キャッキャウフフだ。
「そのバッグかわいい」「その靴似合ってる」「そのワンピどこで買ったの?」と盛り上がる至福の時間を、男に邪魔されたくない。「そういうのはモテないよ」と口出しする御仁がいたら、ミドリ安全の安全靴(鉄板入り)で蹴ってあげよう。本気汁を出して昇天するはずだ。

連載中のTOFUFUの担当アサシン嬢に「私は若い頃、女性の先輩たちに助けてもらったから、自分も年下の女子に返したい気持ちが仕事の原動力なんですよ」と話したら「私も年下の女子に少しでも道を作りたいと思って仕事してます。女性同士でリングをつないで、女性が生きやすい社会になるといいですよね」と返ってきた。

おばさんたちはこんな気持ちで仕事している。だから老害おじさんの大好きな「女の敵は女」論に加担するのはやめよう。
「女はマウンティング好き」「女同士は陰湿でドロドロしてる」と女の断絶を助長すると、それは女全体にブーメランとして返ってくる。

私は毒親育ちで親運は悪かったが、女運はよかったと思う。家に居場所がなかったので、女友達が居場所だったとも言える。

女子校時代も広告会社時代も、周りはサラッとサラサーティーな女が多く、「女同士はドロドロしてる」と感じたことはなかった。広告会社ではむしろ「男同士の出世争いや見栄の張り合い、縦社会のルールが大変そうだな」と思っていた。

マウンティングとも縁がなかったが、それは私自身がマウンティングに興味がないからだろう。興味のない人間に「いざ勝負!」と挑んでも「は?」とスルーされるのがオチだ。それに足のデカい私は「16文キックとかされそう」とびびられていたのかもしれない。

また、関西には「イキリはバカにされる」という文化がある。小学校の時も「僕のパパは金持ちなんだぞ!」と自慢する奴は「お前なにイキってんねん!」とスネオのように叩かれていた。

一方、東京都港区などはマウンティング文化がさかんらしい(ツイッター情報)。それに巻き込まれて疲弊している女子もいるだろう。
以前のコラムで「八つ当たりにはネズミ返し・スピ返し・右翼返しがおすすめ」と書いたが、マウンティングにはナイツ返しはどうか。 

「夫が○○商事に勤めてて」→「私も村上ショージを目指してて」、「子どもが○○中に合格した」→「私もギョウ虫検査に引っかかった」とトークを展開していけば、最後は「いい加減にしろ」「どうもありがとうございました~!」と名コンビの誕生だ。 
とはいかなくとも、全然関係ない話を振ることで「こいつはマウンティングし甲斐がない」とターゲットから外れるだろう。

港区在住じゃなくても、昨今、疲弊している女子は多い。「メンタルをやられるのでテレビは見ないようにしてます」といった声もよく聞く。

たしかにテレビではセクハラ・パワハラのセパ両リーグが熱戦を繰り広げており、性差別やマイノリティ差別的な言葉が無自覚に垂れ流されている。私もテレビをつけるとイライラして「更年期かしら?」と不安になるJJあるあるが発動するので、マヌルネコの画像とか見て落ち着くようにしている。

女性向けの企業のCMすら「男の需要に応えろ」「25過ぎたら女子じゃない」と抑圧するメッセージを送り、女性向けの漫画やドラマが「いい年して女同士でつるんでるから結婚できない」とレッテル貼りをしてくる。

私が作家デビューしたのは30歳の時で、当時から「仕事をしても女を忘れるな」「女子会じゃなく合コンに行け」といった言葉に「やかましわ!!!」とキレる文章を書いてきた。

あれから12年たって、紀香も陣内も結婚して離婚して再婚したにもかかわらず、時代は変わってないように見える。けれども、確実に変わった部分もある。SNSの普及によって、燃えるべきものが正しく燃えるようになったことだ。

それ以前はセクハラやパワハラを受けても、ほとんどの人は我慢するしかなかった。たとえ訴え出ても、立場が上の者にもみ消されるのが常だった。
「昔は大らかでよかったよな~」と老害たちは目を細めるが、それは誰かの犠牲の上に成り立っていたのだ。

「セクハラはうまくかわせ」「おじさんを手のひらで転がせ」と言われるが、そんなもの手に載せたくない、汁とか出そうだし。

JJはメンが太くなるので、カメムシのようなおじさんに遭遇しても、目の前で堂々と鼻をほじれる。が、ほじった鼻くそを相手につけると「俺だって被害者だ!訴えてやる!」と逆ギレされかねない。
なので、指についた鼻くそをしげしげと見つめて、ぱくっと食べてみよう。すると相手は「俺の話は鼻くそ以下なんだな」と気づくはずだ。

鼻くそ以下の格付けツイートを見ても、メンがごんぶとのJJはびくともしない。劣化品とディスられても「俺たちは年代物のプレミアだ!」と分厚い装甲で跳ね返す。
そんな私も若い頃は、値踏みや格付けに傷ついていた。だからこそ、ブラウン管じゃなくブラウザの向こうから叫びたい。
あなたたちは男に選ばれるための商品じゃない!!」 

お嬢さん方もつらい時はこの言葉を紙に書いて、冷蔵庫に貼ってほしい。クラシアンのステッカーのとなりとかに。
そして我らJJはバキュームカーに颯爽と乗り込み、道に落ちたクソを回収してまわりたい。次に来る子たちが歩きやすい道にするために。

日本にはまだまだ、公道で脱糞しても許されると思っている輩が大勢いる。なのでクソが落ちていてもよけられるように、歩きやすい靴で出かけよう。
ルブタンでもアディダスでもミドリ安全でもいい、それぞれが自分の好きな靴を履いてほしい。

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アルテイシア『アルテイシアの夜の女子会』

「愛液が出なければローションを使えばいいのに」「朝からフェラしてランチで口から陰毛が現われた! 」とヤリたい放題だった20代。「男なら黙ってトイレットペーパーを食え! 」「ヤリチンほどセックス下手」と男に活を入れていた30代。子宮全摘をしてセックスがどう変わるのか克明にレポートした40代。10年に及ぶエロ遍歴を綴った爆笑コラム集。

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