7月13日(金)、東京・上野の国立科学博物館で初の昆虫展示となる特別展「昆虫」がスタート。これを記念して、特別展の監修者である昆虫学者・丸山宗利さんが今年4月にケニアに行った際の採集旅行記をリバイバル掲載します。

 昆虫を愛するがゆえ、昆虫に苦しめられる丸山さんの採集旅行の様子がオールカラーで読める幻冬舎新書『カラー版 昆虫こわい』の番外編としてお楽しみください。

ケニアに採集旅行中の丸山宗利さん。

はじめに

 これからアフリカはケニアでの昆虫採集旅行での様子をご紹介したい。数日のずれはあるが、現地からの報告である。とは言っても、少し唐突であるので、まずは自己紹介を兼ねてこの連載の趣旨についてお話しする。

 私は大学の教員で、一応、昆虫学者を名乗っている。「一応」というのは、昆虫は巨大な分類群で、姿形もさまざま、そして関連する細かな研究分野もさまざまで、「昆虫学者」とひとくちに言うのは実は大雑把に過ぎるからである。私の場合は、アリの巣に居候する昆虫(好蟻性昆虫という)の分類学と系統進化学を主な専門としている。だから正確には「好蟻性昆虫分類学・系統進化学者」なのだが、そんなことを言っても瞬時に納得する人がいるはずもなく、便宜的に昆虫学者を名乗っているわけである。

 アリの巣に居候する昆虫の研究と聞いて、「変わった研究」と思われる方が多いかもしれないが、それは正しい判断である。実際に好蟻性昆虫を研究している人は非常に少ない。また、研究者があまりに少ないため、海外の未踏の地や未調査のアリの巣を調べれば、まだまだ新種の好蟻性昆虫が見つかる。だから私は世界中を旅してアリの巣を調査している。

 昨年の夏に『昆虫こわい』(幻冬舎新書)という本を上梓した。落語の「まんじゅうこわい」にかけて、本当は昆虫が好きだという意味で、世界中のアリの巣を調査する旅行記を書いたのである。これが自分で書いていても楽しかった本で、読まれた方からはご好評いただいたが、ぜひもっと多くの方に読んでいただきたいと思っている。

 あまり胸を張って言うべきことでないかもしれないが、好蟻性昆虫の分類などというのは、直接役に立たない研究の最たるものである。なにかと研究が実利主義に走りがちな昨今であるが、学問とは役に立たない裾野の幅や奥行きによって支えられている。だから私は、自分の研究が何かの役に立たないとはいえ、無駄だとは思っていない。そこで多くの人に「裾野の奥行きのどん詰まり」の部分を見ていただき、ひいては学問というものの裾野の広さを知っていただきたいのである。

 本連載の内容は、上記の『昆虫こわい』には出ていないが、だいたいの雰囲気は同じで、試し読みの意味合いも込めている。面白いと思った方は、是非『昆虫こわい』もお読みいただきたい。

3度目のケニア

 今回でケニアは3度目の訪問で、3年連続で訪れている。1回目の訪問は2016年の5月で、その調査の様子は『昆虫こわい』に詳しく書いているが、その際に、面白い昆虫、美味しい料理、素晴らしい人々によって、すっかりケニアに魅了されてしまった。2回目は2017年の6月だった。教え子の柿添翔太郎君(通称チャボ)が一緒だったのだが、すでに乾季に入った悪い時期で、不完全燃焼となった。今回の訪問もチャボと一緒で、虫の多い雨季の真っ只中に来て、前回の無念を晴らせればというわけである。

 アフリカというと日本と縁遠いと感じる人が多いかもれないが、昆虫に関しては、アメリカやオーストラリアよりもずっと近い。正確には、系統的に近いもの、共通する分類群が多く生息している。かといって日本や他のアジア諸国と同じではなく、とくに半砂漠のような乾燥地には、湿潤なアジアでは見られない独特の昆虫が生息していて、とても面白い

 私の専門は「好蟻性昆虫」だと述べたが、今回を含め3回のケニア調査の目的は「ツノゼミ」である。ツノゼミというのも説明するのが少々ややこしいのだが、セミのような姿で角を生やした小さな昆虫で、セミとは近からず遠からずの関係にある。平均すると5ミリ程度でとにかく小さいのだが、どれも個性的な姿をしていて、それが魅力である。最近ではアジアとアフリカを中心に生息するツノゼミ亜科 Centrotibae の系統進化について研究を進めていて、その研究材料を集めるために世界各地で調査を行っている。

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カメルーンで採集されたコクチョウツノゼミ。全長約5ミリ。

 1回目の調査では非常に多く、20種以上のツノゼミが採れ、とても満足した。しかし、研究を進める上で重要な分類群が2つ欠けていた。2回目の調査ではツノゼミが全体に不漁だったが、欠けていたうちの1つを奇跡的に採ることができた。今回の調査では、欠けている最後のツノゼミであるテンシツノゼミ Xiphopoeus を採るのが目的である。

 今回の調査は12日間で、最初はナイロビから北に300キロ進んだ場所にあるマリガットで、次にナイロビ近くのナイバシャ、その次にナイロビを経由して、タイタ高原、それからキビニという村を調査し、最後にまたナイロビで調査を行う予定である。あくまで予定であり、状況によって変わる可能性はある。

福岡からの長旅

 私の住まいは福岡で、そこからケニアまでは結構な長旅である。今回は羽田を経由し、パリを経由、そして今回は曜日の関係で、さらにアムステルダムを経由し、合計30時間以上をかけてナイロビに着いた。長旅には慣れているので、12時間程度の移動はあっという間に思えるが、40歳を過ぎると長時間横になれないのがつらい。

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乗り換えの数を示す荷札。

  4月10日21時過ぎにナイロビの空港に着くと、まずは長い入国審査が待っていた。審査自体は大したことはないのだが、外国人向けの窓口が1つしかなく、100人以上の外国人が並んでいる。これだけでも1時間以上がかかってしまった。アジアではタイやマレーシアでも似たような状況になることが多いが、明らかに人員配置が行き届いていなかったり、不必要にダラダラと審査に時間をかけていたりしていて、イライラさせられる。制度ばかり意味もなく厳しくして、それに仕組みが追いついていないのがよく分かる。その点、日本の空港では、やっていることは同じなのだが、テキパキとしていて帰国時にいつもホッとする。

 荷物を受け取り、ようやくゲートの外に出ると、過去2回の調査でも運転手を務めてくれたケンさんが迎えに来てくれていた。0時近くにホテルに到着し、明日からの出発に備える。

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奇想天外、ユニークすぎる形を特殊撮影法で克明に再現! 世にもフシギなかたちの昆虫「ツノゼミ」を138種類掲載した、日本ではじめてのツノゼミの本です。ツノゼミとはいってもセミではなく、カメムシ目に属する昆虫です。体長2ミリ~25ミリほどの小さな虫ながら、ツノのかたちをさまざまに進化させていて、まるで空想の世界のような姿をしています。本書では深度合成写真撮影法で撮影しているため、すべての部分にピントがあった写真を掲載。面白い姿をすみずみまで楽しめる一冊です。