(写真:iStock)


 多くの日本人にとって、新たなスタートを切る季節だ。

 今年の4月は、若い選手たちの活躍が目立っている。どうやら、2年後に迫った東京オリンピックという存在が、選手たちの成長を加速させているようだ。

 4月8日まで、東京・辰巳で行われていた競泳の日本選手権では、高校3年生の池江璃花子(ルネサンス亀戸)が4冠を達成、しかも6回も日本新記録をマークした。泳ぐたびに記録を更新する状態で、まさに「水を得た魚」のようだった。

 また、横浜文化体育館で行われていた卓球のアジア・カップでは、中学3年生の張本智和(JOCエリートアカデミー)が、予選で世界ランキング1位の樊振東(はん・しんとう 中国)を破る大金星を挙げた。張本はこの大会で5位に入り、東京オリンピックに向けてますます成長が期待される(それにしても「チョレイ」の叫び声は、会場で聞いても、テレビで聞いても強烈だ)。

 池江、張本の活躍を見るだけでも、地元開催でのオリンピックを2年後に控え、強化現場にとっては「カウントダウン」が始まっていることがうかがえる。

 前年になって慌てても、もう遅いのだ。やはり2年前のシーズンからの積み重ねがなければ、東京オリンピックでのメダルは狙えない。

 その厳しい現実は、卓球の平野美宇が4月1日にプロに転向したことからもうかがえる。

 張本と同じJOCエリートアカデミーに所属する平野は、4月に高校3年生になったばかり。本来ならば、エリートアカデミーを修了するまであと1年ある。しかし平野は、
「人間としても選手としても強くなりたいと思っています。チャンピオンになってもおかしくない人間になりたくて」
 と話し、4月からは従来からのメインスポンサーでもある日本生命に所属する選手として、プロに転向することになった。

 思い切った決断だ。

 しかし、平野がそうしなければならなかったのにはワケがある。

 オリンピックの選考レースは卓球に限らず、「オリンピックの18ヶ月前から」の結果が反映される。卓球やバドミントンのような世界を転戦し、各大会の結果がランキングに反映される競技では、18ヶ月前からポイントが起算されるのだ。

 東京オリンピックは2020年7月に開幕する。つまり、2019年1月から選考レースが本格的に始まるというわけだ。そうなると、来年1月からの大会で、少しでもいいシード順を取ろうとすると、2018年、今年の大会で結果を残しておいた方が有利になる。実質、卓球に関していえば、東京オリンピックに向けての選考レースは、今年から始まっていると言っても過言ではない。

 平野の決断の背景には、練習時間の確保という切実な問題もある。エリートアカデミーでは、集団生活の中で就寝時間を守らなければならないこともあり、練習時間が限られるからだ。

 平野はそうした条件下で、2017年には1月の全日本選手権で、女子シングルス最年少優勝を達成し、4月にアジア選手権で中国のランキング上位選手をなぎ倒して優勝、さらに6月の世界選手権では銅メダルを獲得して、一気に日本の第一人者に躍り出た。

 ところが、昨年の後半からは中国勢から研究され、国際大会での結果は伸び悩んでいった。そして今年1月の全日本選手権では、ライバルの伊藤美誠(スターツSC)に決勝で敗れた。

 スランプとまでは言い切れないが、東京オリンピックでの卓球の代表選手枠は「3」。厳しい代表争いが繰り広げられるのは必至だ。石川佳純(全農)、伊藤美誠、早田ひな(日本生命)らはすでにプロとして活動しており、昨年前半の勢いが削がれた平野にとっては、環境を変えて仕切り直しをしたいという強い思いがあったと見られる。

 しかし、一方でこんなことも思う。

 平野がプロ転向することで、少なからず犠牲にしているものがあるのだろうな、と。

 平野の両親は筑波大学卓球部の出身で、学業に対する意識も高い。高校生のうちに娘がプロに転向することで、少なからず学業を犠牲にすることは避けられないわけで、親としては様々な思いを持っているのではないか。

 卓球界の先人である福原愛を育てた母の千代さんは、福原に家庭教師をつけるなど、一貫して勉強の重要性を娘に説いていた。それでも千代さんは、私にこう話してくれたことがある。

「高校に通う年齢になると、勉強と卓球の両立は難しくなってきます。部活動と違って、愛はすでに世界と戦っていましたから。大学での勉強は、勉強をしたくなった時にやればいいと思うんです。私は、そう思った時に困らないよう、勉強する習慣を愛につけさせようと思っていました。30代、40代になってから日本でも、中国の大学でもいいと思いましたし」

 プロ卓球選手にも、いろいろな生き方がある。平野は、東京オリンピックを前に、勝負に出たのだ。

 地元開催のオリンピックに選手として出場するのは、一生に一度の「慶事」だ。ここで金メダルを獲得するのは、どの選手にとっても大きな夢である。

 しかし平野に限らず、10代の選手たちがフツーの高校生がおくるような生活からは隔絶し、なんらかの犠牲を払っていることを忘れてはいけないと思う。

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