引越しをした。それに伴って、着なくなった物や使っていない物をたくさん捨てたら、わたしのちいさな家から45リットル袋いっぱいのゴミが10個以上も出てきてびっくりした。どこからこんなに? どうしてこんなものが? と頭をはてなでいっぱいにしながら、どんどん捨てた。

 

 

 捨てたものの中に、お気に入りの靴がある。

 

 

 大学の頃にマルイで買って、気に入っていた靴。グレーのスエード素材で、秋冬にぴったりのヒールだ。中敷はピンクで、足の甲の部分に三つのリボンが付いている。すごくかわいらしいのだけれど、グレーという色味のおかげでラブリーすぎず、なんにでも合わせられた。パチ、とボタンを止めると22.5cmの足にぴったりフィットして、ヒールは高いのにぐんぐん歩けた。

 

 

 当時のわたしは、だいぶかわいらしい洋服を着ていたと思う。似合わないと決めつけていたふわふわ系の服も、東京という場所に甘えてたくさん着た。レースのワンピースや、腰にリボンのついたスカート。袖がふわりとしたTシャツや、もふもふの帽子。上京するまでは見たこともなかったような服や靴を、たくさん買った。そしていつだって足元にあの靴を履けば、完璧だった。あの靴とよく行ったのは、町田だ。町田の、駅前ロータリー。飲み会帰りによくあそこでおしゃべりをした。そのたびに帰りたいのになかなか帰れず、靴ばかりを眺めていた時間を思い出す。

 

 

 その靴が、似合わなくなったのはいつからだろう。

 

 

 履いてみるが、なんとなく足元だけが浮いている気がして、すぐに脱いで靴箱の奥にしまった。その回数も徐々に減っていき、靴箱から出すことさえしなくなった。歩きやすくて、傷んでいなくて、変えたばかりのヒールの底はゴムがしっかりきいていたのに。

 

 

 でも、今回の引越しで、やっと、やっと捨てられた。

 

 

 よく考えれば4年も履いていないことに気づいたから。捨てる前にもう一度だけ足を通してみたけれど、やっぱりびっくりするくらい、似合わなかった。

 

 

 *

 

 

 洋服が似合わなくなる、という現象は本当に悲しい。着られなくなったわけでもないし、嫌いになったわけでもないのに、なぜか鏡の前に立つとはっきりとわかる。「あれ、なんか似合わなくなった?」と。

 

 

 似合わなくなった、の基準は、それが「自分が魅力的に見えなくなった時」だと思っている。どれだけ抗っても、認めなくても、自分はどんどん変わってしまう。年をとるという意味だけじゃない。やること、一緒にいる人、考え方。その時々で自分はぐんぐん変わり、同時に「自分が魅力的に見えるもの」も変化していく。それを受け入れず変わることをやめてしまえば、美しさはどんどんしおれてしまう。だから、気に入っていても(自分から見て)似合わなくなったら、もう着ない。わたしはそう決めている。

 

 

 似合わなくなって、手放すしかなくなり、次に進むしかなくなるというのは、ちょっと大きな話だけれど人生のいろんなことに似ていると思う。

 

 

 恋人に対してもこういう感覚はある。成長の速度が違うと、好きな部分は前と変わっていないのに、徐々にどこかしっくりこなくなる。そしてまだ好きなのに、まだ好きなのに、と思いながらも喧嘩が増えて、別れを予感しながらゆっくりと終わりへと向かっていく。でも、離れてしばらく経てばすぐわかる。ああ、あの人とわたしはもう、似合っていない(ぴったりこない)ようになっていたのだな、と。

 

 

 好きだった服も、好きだった場所も、好きだった人も。いま見ても、好きだった部分は思い出せるのに、もう好きにはなれない。変わってしまったのは、わたしのほうなのだろう。

 

 

 似合わないのは、自分が成長しているという証なのだ。そう思うのだけれど、あの感覚は今でも悲しい。

 

 

 昔のほうがこういう成長を受け止めるのがつらかった。進んでいるのは自分なのに、なのに別れが切なくて、心がねじきれてしまいそうだった。

 

 

 でもなんども繰り返して、人には必要なものが必要なときにやってくるのだと思えるようになった。……いや、ちょっと大人ぶってしまった。本当は、まだ、次のことに目を向けることで手放しものへの寂しさには目をつぶっているのかもしれない。別れは何度経験しても、慣れない。たかだか、一足の靴との別れであっても。

 

 

 あと数ヶ月もすれば、捨てた靴のことをすっかり忘れてしまうだろう。そのことがまだちょっとだけ、寂しい。

 

 

 靴を捨てながら、そろそろ年齢に依らない、長く愛せるものを買おうと思った。長く愛せるもの。できるだけ別れを経験せずに済むようなもの。恋人も然り。きっと、そういう時が来たのだ。

 

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