数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆18◆

 翌朝、寮を出ると強い芳香が漂っていた。民家の庭のキンモクセイが、香りの割に小さなオレンジ色の花を咲かせている。温泉街の秋の空は抜けるように青かった。

 米と並んで購買額の高いのが肉だ。その仕入れ先の経営者、木村東(あきら)が松田に伴われて訪ねてきた。

「あっ、松田さんも、一緒にいてください」

 立ち去ろうとした松田を、私は引きとめた。

「瀧本さんも、ちょっと来てくれますか?」

 声を掛けると瀧本は、返事をせずに腰を浮かせた。フロントでは美しい所作で応対するのに、なぜ上司には返事すらしないのか。気になったがそれについては言わなかった。

「誰ですか?」

 パーティションの陰で瀧本が訊いた。

「肉の仕入れ先です」

「私に何か?」

「重油の件と合わせて、今後仕入れのことは瀧本さんに窓口になってほしいの」

 瀧本は、不満そうだったが、ジャケットを羽織って私に続いた。

 木村は六十年配で、眼鏡を掛け、肉の問屋というよりは、物静かな研究者のような風体だった。

「鳥楓亭さんには今まで、ひいきにしてもらいました。本当にありがとうございました」

 私の名刺を受け取ると、別れの挨拶のようにいんぎんに腰を折った。

 ちょうど腰かけたところで、蛍雪園の石橋が通用口から入ってきた。

「こんにちは。RSJで購買を担当しています、石橋です」

 石橋は、寮で対面したときのように、皆に快活に挨拶した。

「今日は今後のご相談をさせてください」

 私がそう告げると、木村はきょとんとした顔になり、それに構わず石橋が話を進めた。

「木村さんには、いつもいい品を調達していただいているそうですね。ありがとうございます。で、RSJがオペレーションしている旅館が、今、この温泉場に4軒あって、鳥楓亭を入れると5軒になります。その食材の仕入れ先として木村さんにも入っていただけないか、と私は思っています。もちろん価格次第なんですが……」

 顔が輝いたのは松田だ。面目が立つようにと前日石橋と知恵を絞った方策だ。

 しかし木村は冴えない表情で、RSJさんの旅館はどこですか? と訊いた。石橋が4軒の旅館名を答えると、しばらく押し黙った。

「難しいですか?」

 待ちきれず声を出したのは私だ。木村はゆっくりと口を開く。

「たとえば蛍雪園さんと鳥楓亭さんでは、使う食材が違います。ですから、鳥楓亭さんでは小ロットの品ということになり、今と価格は変わりません。うちのような問屋は価格を下げにくいんです。牛一頭買いなら割安になると思いますが……」

 まんじりともせず聞いていた松田が、鼻からふぅと息を吐いた。

「木村さん、これはチャンスなんだよ。商売にもっと色気出してよ」

 木村にはおそらく、納得できる肉だけを扱いたいというガンコな信念があるのだ。その真摯な姿勢に、逆に私は、何とか取引を続けられないかと思った。

 あずさが、人数分のお茶をもってきてくれて、間がもてなかった全員が、音を立てて啜った。

「木村さん、牛一頭ってどのくらいの価額ですか?」

 瀧本が、沈黙を破って質問した。

「ピンからキリまでありますが、A5で、500万くらいです」

「グランプリを取るような和牛なら?」

「2000万くらいでしょうか」

「何キロくらいあるんですか、可食部」

「体重700キロの牛で、可食部は460キロくらいですね。3分の2は肉、あとは内臓です」

 瀧本は、自分の机から電卓をもってきて、計算を始めた。

「どうしたの?」

 私はひそひそ声で瀧本に訊いた。

「高級牛を一頭買いして、5軒で使う。それなら、木村さんもリスクが少ないでしょう。『和牛一頭料理!』と銘打って、いろいろな部位を工夫してメニューにすれば話題になるし、わざわざ食べに来るお客さまも現れます」

「それなら、5軒の料理人でメニューをつくればいい。俺がまとめ役をやるよ!」

 松田は急に元気な声を出した。

 石橋も電卓を取り出し、採算を見ているようだった。

「和牛一頭コース! グランプリ牛では厳しいですねぇ。A5の金額が、やっとですかね」

 早口になったのは、石橋もこのプランに気乗りしているからだ。

「バラもスネも入っていますから、メニューづくり、難しい面もありますよね」

 そう瀧本が言うと、

「いや、そりゃあ、任せてくれ。料理人が腕を絞れば何とかなるよ!」

 と、松田は興奮して返した。一同の心が一瞬で一つになり、企画の実現に向かった。

「あのぅ、松田さん、腕を絞るのは……」

「ん?」

「腕を振るうか、知恵を絞るかです」

 私がそう言うと、松田は大口を開けて笑った。

 木村は、改めて和牛ブランドの価額と品質を調べると言い、松田は、蛍雪園の料理長を紹介してくれ、とその場で石橋に依頼した。瀧本は、

「支配人、このイベントをホームページ上でも大きくPRして、5軒のリンクを張ってはどうかと思うのですが、それができるか、本部に訊いてください」

 と言った。私は、急いで手帳にメモした。

「あさって、もう一度集まりましょうか。午後3時ぐらいにいかがでしょう」

 次の約束を取りつけたのも瀧本だった。

 

 

 

 

 

 私の帰宅を待っていたジェニファーは、ドライフードはまずい、と言って、チキン&サーモン缶をねだった。

 私が、パカンと缶詰の蓋を開け、皿に移す間、落ち着きなく床をぐるぐると回っている。

「うまいニャー」

 ガホッ、ガホッ、と荒い息遣いでチキン&サーモンをむさぼる姿は、腹をすかせた野獣そのものだ。

「ジェニファー、今日予想外の展開になったのよ」

「知っとるでえ。あんたが口出さへんほうがうまくいったやろ」

「えっ?」

「部下の仕事を横取りしたらあかん言うのは、こういうこっちゃ。みんな答もってるんや。プロやからなぁ」

 2日前のもやもやの答が出て、霧が完全に晴れた気分だった。

「でも、再生に関しては私がプロよ」

「はぁ!? あほちゃう?」

 ジェニファーは、声を裏がえして言った。

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』好評発売中

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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

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