数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆17◆

 料理部門は、松田が楯になっていて、料理人たちに近づけない状態が続いている。松田の休みの日に差配している二番手の入江は、私と決して目を合わせようとしなかった。

 昼前に通用口の外で待っていると、松田はくわえたばこで出てきた。仕込みのあとに裏口で一服することを見知っていたのだ。

「お疲れさまです」

 松田は、かすかに下あごを動かしただけで、不機嫌そうにそっぽを向き、近づいてきた野良猫に、残りものの干物をやった。

「松田さん、購買先変更の話、反対されていましたよね」

「ああ」

「その理由を詳しく聞かせてほしいんです」

「ふん」

「支配人としてそのあたりをちゃんと理解しなくちゃって思っています」

 松田は、ポケットから携帯灰皿を取り出して、吸殻をねじ込んだ。

「まず、仕入れ先にこだわる理由を教えてください」

 少し考えたあとに、松田は重い口を開いた。

「和牛が品薄になったときがあったね。みんな忘れているけどさ」

「6年前ですかね……」

「よく覚えてるね」

「私、今の会社に入った年で。だからよく覚えてます」

「そうかい。あのころ、あんたペぇペぇだったのかい」

 松田は嬉しそうに、ペぇペぇと言い、積んであったビールケースの一つを逆さまにして腰を下ろした。

「ぺぇぺぇですよ、今だってまだ。だから、いろいろ至らなくてすみません」

 このとき私は、素直な気持ちでその言葉が言えた。

「うん」

 松田の返事からも、憤懣(ふんまん)のようなものが消えていた。私もビールケースに座った。

「品薄なその年にもね、近江のいい肉を回してくれた問屋なんだ。長いつき合いでね、そこから仕入れている」

 これが、財政建て直しの足かせとなるしがらみというものだ、と思ったとき、ジェニファーの「情報とは、相手の背景にある利害や」という声が、突然聞こえた。

「恩があるんですね」

「まぁ、向こうだって儲けてきたんだけどね」

「そこと取引がなくなると、困ったことになりますか?」

「いい食材を回してもらうのは、結局人間関係さ。困ったときばかりの頼み事じゃダメだね」

 それが、松田の背景にある利害だ。私が大ナタを振るうことで、傷つくのだ。

 たった二言三言の会話で、私たちの間を隔てていたものが少し融解した。しかし、方針は曲げられないのだ。

「私をその問屋さんに会わせてもらえませんか?」

 松田は驚いた顔をした。

「小さい商いをしているところで、ガンコな社長だけど。会うかい?」

「鳥楓亭は厳しい状態です。私は、穴だらけのこの舟をどうにか沈没させないために必死なんです」

 本音が言えて、すがすがしさを覚えた。

「うん。そうだよなぁ」

「私から事情を話させてください」

「分かった」

 松田はしみじみとした声で返事をした。理屈ではなく心が同意する、ということの意味が少し分かった気がした。

 私はその足で、歩いて15分ほどのところにある蛍雪園に向かった。

 寮で知り合った石橋は、RSJがこの温泉場で手掛ける再生施設4軒の購買を担当している。相談すればこの問題に何とか突破口を見つけられるのではないか。気がせいて、気づいたら温泉街を走っていた。

 

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

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