数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆16◆

 慌てて設楽、瀧本、松田を事務所の片隅の打ち合わせブースに呼んだ。

「この口コミを見てください」

 プリントしたものを渡した。

 口コミには「部屋食が運ばれるまで信じられないほど待たされた」「チェックアウトのときフロントの対応がぞんざいだった。コスパは低い」「レストランから早く出て行くように言われた」と批判しか記述されていない。松田はよほど衝撃を受けたのか、しばらく見入っていた。

「料理に2がついたのは、仲居のせいだよね」

 松田のきつい口調に、設楽はすみません、と小声で謝ったが、

「でも、仲居だって、戸惑っているんです。レストランと部屋食の両方に対応しなくちゃならなくて。忙しさは半端ないです」

 と反論した。それをうまく回すのが、マネジャーの仕事というものだろう。私は腹を立てた。

「フロントだって、もう少し愛想よくできないのかね。知ってるよ。予約をわざと減らしてるっていう話」

 瀧本も、松田の舌鋒を受けたが、挑発に乗ることはなかった。フロントが残室表示を操作していることは公然の秘密なのだと私はこのとき知った。瀧本は悪びれる様子もない。

 結局、他に責任をなすりつけるだけで、建設的な話にはならなかった。

「今、お客さまは口コミを頼りに宿を選ぶんです。これでは公式サイトを設けても集客につながりません!」

 私はつい声を張り上げた。

「言っちゃなんだけどね、RSJさんのやり方が違うんじゃないの。前の女将はインターネットなんてアテにしていなかったよ。ちゃんと旅行代理店を接待してさ。お得意さまも回って、毎年何社も社員旅行に使ってもらってたしね。甲斐さんは、営業ちゃんとやってるの」

 松田は、20世紀の営業手法をまだ本気で信じていた。染みついたやり方を手放せない旅館が、今バタバタと倒産しているというのに。

「変えなくてはならないのは、営業方法ではなく従業員の意識なんです!」

 私が青筋を立て、金切り声を上げても、目の前の3人には柳に風だった。

 全員クビにして新しいスタッフを揃えたらどんなにかすっきりするだろうと思った。

 新メニューでの集客増、レストラン食での効率化、人件費の削減、部門の経費削減策。私の目論見は、人という障害の前にすべて頓挫していた。

 

 

 

 

 

 ジェニファーは、他の部屋に入り浸っているのか、その夜は訪れなかった。

 私は、目を閉じて一日を振り返った。

 うまく進みそうで、後退してしまう。それはなぜなのか、考えても考えても、答は出なかった。

 うとうとすると浅い眠りのなかにジェニファーが現れた。

「いくら責めたかて、彼らは変わらへん」

「どういうこと?」

「今日みたいに上司に責められたら、従業員はお客の満足なんか、考えられへんわなぁ」

 夢のなかのジェニファーは、鳥楓亭の支配人席に大股を広げて座っていた。私はなぜか、その正面で、気をつけをして立たされている。

「人の感情に鈍感すぎるわなぁ」

 ジェニファーはあきれ顔で、目を背けた。

「鈍感て、どういうことよ!」

 私は夢のなかで腹を立て、机を叩いて怒鳴った。

 その自分の声で目が覚めた。このままでは眠れずに悶々と朝を迎えることになる。

 上着を羽織って、部屋の外に出た。

「ジェニファー。ジェニファーさまぁ」

 小声で呼んだ。

「永理子さん、夢のなかでまでチューニングするの、やめてくれへんか」

 ジェニファーは、廊下の暗がりからあくびをしながらのそりと出てきた。

「お願い。教えてください。とにかく、レストランの新メニューだけでも何とかしたいの」

 ジェニファーは、食堂のカウンターに飛び乗って、哀願する私を見た。

「勝とうとしたら負けや、ゆうたやんか」

 返す言葉がない。

「『私の手柄のために、あんたら言うことききや』っちゅうボスに、誰が新メニュー考える?」

「でも、私の足を引っ張れば、結局自分に負の結果となって還るのよ。職を失うのよ!」

「ほら、また、理屈で勝とうとしとる」

「それは……」

「人の心と理屈は別や。心があんたに同意して初めて、あんたの理屈に耳傾けるんや」

 ジェニファーはニャーと鳴いて離れて行った。

 私は、ヒールに徹するべきだと覚悟してここに来たはずだ。心のようなアテにならないものより、こちらの理論を理解させることのほうが成功への近道だと信じてきたのだ。

 しかしジェニファーの登場で、立ち位置に迷いが生まれた。

 どうやって松田をウンと言わせるのか、結局その答は得られなかった。

 

 

 

 

 レストランの新メニューを目玉にして、集客を図りたい。こればかりは松田の力を借りなければ進まない。

 朝までまんじりともせず考えて導いた答は、自分が踏み出さないと現状が動かないということだけだった。

 今の私ではダメなのだ。理に適ったことを話し、人を説得できるという今まで頼りにしてきた私の能力を使えば使うほど、状況は悪くなるばかりだ。

 

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

播摩早苗『えっ、ボクがやるんですか? 部下に教えたい、社会人のものの言い方100

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