数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆13◆

「竹田さん、少しいいかしら?」

 はい、と返事をした栞は、呼吸が止まってしまったのではないかというほど体を固くして私の前に立った。

「この、燃料費って、温泉の加温のための重油?」

「はい」

「この羽生田(はにゅうだ)商会の納品伝票を見せてほしいの」

 栞は棚に歩み寄って、ファイルを出した。私は、直近3年間の納品価格に目を通した。

「羽生田商会の担当者を呼べる?」

「はい。いつも、電話をするとすぐに来てくれます」

「じゃあ、できるだけ早く来てもらって。新しい責任者がご挨拶したいって伝えて。それから、このあたりで他にA重油を扱っている店はある?」

 栞は、直立したまま、返事に困っている。

「あのー、隣のホテルにぃ、いつも小型ローリーが停まってます」

 上野がパソコンから顔を上げて声を出した。私は、初めて上野の声を聞いた気がした。よく聞く若者独特の話し方だ。

「国道沿いでガソリンスタンドをやっている高須燃料じゃないかなぁ。タンクの腹に、アルファベットでタカスって書いてあったんスよぉ」

「じゃあ、上野さん、その会社を調べてもらっていい?」

「あっ、はーい」

 上野は、私の癇(かん)に障る締まらない返答をした。

 

 

 

 

 

 羽生田商会は、この地域を巡回しているのか、15分ほどでやってきた。

 私は、納品書のファイルをもって、本館大浴場の裏にあるボイラー室に向かった。作業服姿の年配の男は、私を一瞥したが、にこりともしない。見下すような態度で、羽生田です、と名乗ったので社長かもしれない。

「担当が変わりました。甲斐永理子です。御社の納入価格ですが、リッター95円で変動がありませんが、これどういうことでしょう。仕入れは変動していると思いますが」

 私は、単刀直入に訊いた。

「お客のためにリスクヘッジして、先物の為替で価格を決めてるんですよ」

 早口だった。あえて理解しにくい話でけむに巻こうとしているのだと感じた。私は、容易にごまかせると判断されたことに、カチンときた。経済学なら負けない自信がある。

「うちはこれから入札で重油の購入先を決めることにしました」

「そっ、それはないでしょう」

 これっぽっちも予期していない話だったのか、見る間に顔色が変わった。

「すみませんが、来月の納入価格を明日知らせてください」

「にゅ、入札にしたら、品薄のときに、ど、どうするんですか!?」

 羽生田は精一杯の声を出した。

「今まで、品薄で優先的に重油を回していただいたことがありましたか?」

 それには答えないまま、羽生田はしぶしぶ入札に同意し、帰っていった。

 入れ違いにやってきた高須燃料の担当者にも同じように告げた。

「月ごとの入札にご協力いただけますか?」

 私が名刺を渡すと、若い男は、親しげな笑顔を見せ、

「入札ですか!」

 と弾んだ声で反応した。手渡された名刺には「高須」とあって、専務と記されている。社長の身内かもしれない。

「来月なら、76円くらいですかね。次の月は変動しますから分かりませんが、高くても78円くらいでしょうか。この方法は年間通してきっと割安になりますよ!」

 その価格で落ち着けば、年間100万円以上の削減になる。

「万が一、供給が少なくなったときにはどうなりますか?」

 高須の調子がよすぎたので、訊いてみた。

「当然価格が高騰します、しかし固定価格だからと言って優先的に買えることはありません」

 答は私が満足するものだった。

「来月分の仕入れ先を決めたいのですが、明日までに4000リッターで見積りをお願いできますか?」

「ありがとうございます。早速検討します」

 高須は、立ち去り際に振り返った。

「うちと取引していただければ、ボイラーのメンテナンスもしますし、故障のときには飛んできます」

 一礼して引き取った高須は、笑顔がさわやかで、羽生田とは何もかも対照的だった。

 

 

 

 

 この日は松田、瀧本と直接話したが、結局溝を深めただけだった。そこを突破できないふがいなさから自己嫌悪に陥っていた。いよいよジェニファーの予言通りになっている。

 重い足取りで寮につくと、ジェニファーがロビーで私を迎え、部屋までついてきた。

「会話で相手を組み伏せな気が済まない性格、困ったもんや」

 ジェニファーは溜息をついた。

 思えばこれまでも、同じことをしてきた。仕事で相手を説き伏せるのは得意だった。しかし、きっと損もしてきたのだ。直接指摘してくれたのはジェニファーが初めてだ。

 鳥楓亭でこのまま人の問題が噴出しつづけることを私は恐れていた。

「私、どうしたらよかったんだろう?」

 ジェニファーを野良猫と侮る気持ちはなくなっていた。闘う私にとって、参謀は目の前の彼女だけなのだ。

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

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