数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆12◆

 RSJ内でよく聞かれた話だが、チームワークのいい旅館は、フロント奥の事務所に、従業員が部門の隔てなく気楽に集まってくるそうだ。今、鳥楓亭では、私が窓際の支配人席にいて、宿泊担当者が端末を叩いている。誰も無駄口を利かないし、仲居や料理人がここに来て世間話をすることは皆無だった。

 朝食が一段落した時間を見計らって調理場に行き、松田に話しかけた。

「松田さん、レストラン食の新メニューを考えてください」

 若手の料理人も2人いて、夜の仕込みを開始している。1人は松田の片腕の入江。もう1人はタイ人でいながら和食店から転職したソムチャだ。

「今の部屋食と同じでいいじゃないですか」

 松田は部下をちらと見ながら、突き放すように言った。

「公式ホームページに、レストランのムードに合う食事の写真を掲載して、お客さまの目を引きたいのです」

「試作品つくるにはこいつらの協力が必要だけどね。給料が下がる話でやる気をなくしているからね」

「その件は、今日から私が面談します」

「それは、どうかね……」

 松田は、部下と私の話し合いを避けたい様子だ。

「辞めると言っても、抱えている事情はそれぞれでしょうから、個別に話を聞かなければ、対処のしようがありません」

「個別にねぇ……」

 2人の若手が松田の言葉に反応して、私と目を合わせずに調理場から出て行った。

「今日はまず、松田さんから事情を伺わせてください」

 私は半ば強引に松田を誘って、アネックスのラウンジに行った。

「松田さんは、給料の減額に不満で、退職の意思をもっているということで間違いないですか?」

 私が切り込むと、松田はふてぶてしく腕を組み、ぷいとそっぽを向いた。

「そんなに単純じゃない」

「どういうことですか?」

「要望を飲んでくれるんですか、話したら……」

「いいえ。給料に関しては規定ですから、会社が折れることはありません」

「でもね、俺らはRSJさんの社員じゃないんだ。鳥楓亭の雇われ人なんだ」

 松田は、駄々をこねているだけだった。

「松田さん。債務超過になって、再生会社が入るってそういうことなんですよ。そろそろ分かってもらえませんか」

 目の前の松田を増長させたら、害悪が伝播してしまうという恐怖が私に生まれた。

「支配人こそ、分かってるんですか? 俺の料理目当てのお客ばかりですよ」

「本当にそうでしょうか。松田さんが辞めたら顧客が離れるでしょうか」

 松田の顔が、怒りで赤みを帯びた。

 私は、対立が激化するのを感じながら、どうすることもできずにいた。「勝とうとしたら、負けや」ジェニファーの言葉がまた耳に渦巻いた。

 

 

 

 

 駆除しなければならない害虫がいるとしたら誰か、早々に見極めたい。

 旅行予約サイトの残部屋数を操作しているのは、瀧本だと睨んでいる。尻尾をつかもうと注視していたが、じゃぱんのサイトと鳥楓亭の公式ホームページの空室カレンダーに、「満室」はなかった。しかし、木曜日になって突如、翌日の金曜日と翌々日の土曜日、2日連続して残室がゼロの「×」表示に切り替わった。

 慌てて予約状況を確認すると、前の週同様、部屋は3割も埋まっていない。とくに、本館は予約が3組あるだけで、満室には程遠い状況だった。

 焦るなよ、と青島は言ったが、私は早く何とかしなくては、という思いにつき動かされていた。

「瀧本さん、金曜日から週末にかけて、サイト上では残室なしになっています。予約状況と合いません。これ、どういうことですか」

 瀧本は表情を変えずに、ゆっくりと席を立ち、私のデスクの前に来た。

「何ですか?」

「ですから、残室ゼロの理由を訊いているんです」

 私は、声を荒らげた。瀧本は、ふっと口元を緩めて目をそらした。

「なに笑っているんですか!?」

「いや。別に……」

 2人ともしばらく無言でいた。端末を見ている竹田栞がかたずを飲んでいるのが伝わった。

「残室数を操作していますね。先週末、じゃぱんを残室ゼロにしたことも知っているんですよ」

 空っとぼけた表情の瀧本に、苛立ちが増した。

「分かっていないですね」

 一呼吸のあと、瀧本は私の目を見ずに呟いた。

「支配人は現場を分かっていないんですよ」

 目の前に立つこの痩せた長身の男が、害虫かどうか見極めかねて、ついにらみつけた。

「あなたは意図的に旅館の収入を減らしているんですよ!」

 興奮する私を、瀧本はさげすむように見た。

「こんなことをして、どういうことになるか、分かっているんでしょうね!」

 自分を抑えられなくなった。

「ナイト(夜勤)明けなので、失礼します」

 そう言い残して、瀧本は事務所を出て行った。完全に相手にされなかった形の私の胸には、もって行き場のない憤りが溜まった。

 

 

 

 

 四面楚歌でも、帳簿を見ていると、座禅を組んでいるように心が落ち着く。ここに私の突破口があるはずだ。数字だけは嘘をつかないし、人間のように揺らいだりしない。心煩わしいことがいくつもあるが、私は数字をにらむことでそれらのことから距離を置こうとした。

 あっ、とひらめいた項目がある。

 勘定科目の燃料費が、月の支払いのなかでかなりの額になっている。暖房のいらない夏場でも下がっていない。

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

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