数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆11◆

 松田は、初日に退職すらいとわないことをほのめかしている。背水の陣を敷いている相手と話し合うのは分が悪かった。

 向き合って事務所のミーティング机につくと、テーブルをうっすらとおおう埃が気になるのか、松田は箱からティッシュを取り出し、拭きだした。

「松田さん、8人全員とおっしゃいますが、皆まったく同じ考えなのですか?」

「そうです。それと、食材の仕入れは、やっぱり料理人がやらなきゃうまくいきませんよ」

「これは、本部の決定です。くつがえすのは難しいです」

 私は、気後れしないように声を張って突っぱねた。松田もひるまない。

「受け入れられなければ、辞めるものも出てくる。俺はかばいきれないよ」

 目の前の松田が辞めれば、給料の総額は一気に減るし、仕入れの問題も片づく。私にとっては一挙両得だった。その場合、RSJの他の旅館から応援を頼んで穴埋めし、その間に料理長の採用を掛ければいい、と内心算段した。

 しかし、本当に8人が鉄の結束で一斉に辞めるとしたら、困ったことになる。はったりだろうと思う反面、料理人の互助網は侮れないとも思う。

 松田は、ふっと勝ち誇った表情になった。私は一瞬、頭に血が上った。

「辞めていただいていいんですよ。RSJは欠員をバックアップできる体制を整えているんです」

「本当にいいんだね」

 松田はちっと舌打ちし、ティッシュをゴミ箱に投げ入れて出て行った。

 

 

 

 

 料理人・仲居の造反と残室偽装問題。頭の痛い問題だらけで、体は疲労困憊なのに、横になってもなかなか寝つけずにいた。

 私の部屋から出て行かないジェニファーが、突然ベッドに飛び乗って、私の顔を覗き込んだ。

「びっくりしたぁ!」

 私は慌てて体を起こした。

「なぁ。予約、料理人、仲居の問題、早速いろいろ出てきたなぁ」

 本当に私と目の前の猫は周波数が合っているというのか。まだ信じられずにいた。

「なんで、そんなこと知ってるの……」

「あー、その説明は難しいねん。まず目先の問題や」

 お金の問題を解決しに来たのに、ここまで人が障害となって立ちはだかることは、想定外だった。これでは本来の打開策に踏み出せない。

「どないすんの? これからもいろいろ出てくるでぇ」

 ジェニファーの言葉は、私が抱いている不吉な予感を言い当てていた。

「まずは、料理人の切り崩し。急いでやらなくちゃならないわ!」

「はぁ? 永理子さん、あんた、何とか勝とうとしてまへんか?」

「それが何か……」

「これは、交渉や。せやけどな、相手にどう思われようが勝たなあかん交渉やないねん」

「何言ってるの? 私の力を、まずはガツンと知らしめなくてはならないのよ。正念場!」

「ほんまにそやろか? ここでねじ伏せられた従業員は、自分の職場を愛せへんようになるで。あんたとの関係もぎくしゃくするやろう」

 それは違う。とにかく服従させなければ、再生に踏み出せない。

「交渉は、力関係が上のあんたが有利やねん。そやから相手は徒党組んで退職ちらつかせてるのや。分かるか?」

「ええ、まあ」

「永理子さんが勝とうとしたらあかんねん」

 私は、合点がいかなかった。

「勝とうとしたら、負けや」

「オカミ……」

「ジェニファーやて!」

 ここで従業員と交渉のテーブルについてしまえば、折り合うところを探すことになる。給料についてはできない相談なのだ。

「上手に負けなあかん」

「上手に負ける……」

「上手に負けるためには、情報が足らんのや」

「情報?」

「情報とは、相手の背景にある利害や」

 私に、野良猫を信じていいのか、という思いがふとよぎった。すると、

「ふんっ。そなら、自分で考えやぁ」

 ジェニファーはそう言って、目を閉じてしまった。「勝とうとしたら、負けや」が私の耳に、呪文のように渦巻いた。

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

播摩早苗『えっ、ボクがやるんですか? 部下に教えたい、社会人のものの言い方100

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