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レッドリスト書評

2018.04.11 公開 ツイート

地下世界で魔物がうごめく
東京を絶滅からを救えるか?!

おススメする人・・・香山二三郎(コラムニスト)

 2018年1月後半、東京は都心で6日連続氷点下を記録するなど34年ぶりの冷え込みとなった。34年前といえば1984年。筆者もすでに東京に住んでいたはずだが、猛烈な寒さに襲われたという記憶はない。まあ、その頃はまだ20代だったし、寒さを感じないだけの体力があったということか。
 実際、1月後半の深夜、外気温が氷点下5度を下回っているらしいことを知ったときは、凍死者などが出て、ヘタしたらパニック状態になるのでは、などとも思ったが、東京都民はタフであった。

 しかし短期間だったからよかったが、冷え込みがひと月近く続いていたらどうなったかわからない。そのときの対策も今から練っておかないと取り返しのつかないことにもなりかねない。

 本書も、日本に「記録的な寒波」の到来が予測されるところから幕を開けるが、その猛威が目玉というわけではない。

 寒波襲来前の12月の初め、港区の病院に感染症の患者が次々にかつぎこまれる。新種の赤痢が疑われた。厚生労働省結核感染症課の課長補佐・降旗一郎はその対処のため国立感染症研究所の免疫学者・都築裕と会見、彼女は感染症はネズミの媒介によるのではないかという。降旗はさらに西都大学の動物学の権威・村上教授を訪ねる。村上は居丈高な態度で、最近地下鉄構内でネズミのコロニーが発見されているが、生態系に何かが起きる前兆だと示唆する。

 数日後、六本木でOLが大量の吸血ヒルに襲われ死亡、ヒルの体内外から赤痢菌や破傷風菌が検出された。鳥に取りついて都心に運ばれたようだが、その生息地は不明。翌々日、今度は芝浦の水再生センターで人体の一部が発見される。死者は東京メトロの京橋駅で何かを追うように線路内に降りていったのを最後に行方不明になっていた。駅構内の調査の結果、何かに食われたような人骨が見つかる。実は港区や新宿区ではすでに20人以上の行方不明者が出ていたが、さらなる調査でそのうちの何人かの切断死体が発見された。
 年の瀬が迫る中、東京は寒波と疾病、謎の猟奇殺人犯の脅威にさらされつつあった……。

 気候変動パニックものかと思いきや、著者は感染症に猟奇殺人犯と矢継ぎ早に忌まわしい出来事を畳み掛けてくる。それらがどう結びつくのか皆目わからないまま、事態はどんどん深刻になっていく。まさに読み始めたら止まらないページターナーぶりだが、それもそのはず、著者は『このミステリーがすごい!』大賞を受賞したパニック長篇『生存者ゼロ』に始まる「ゼロ」シリーズで知られるこのジャンルのエキスパート、そう簡単に尻尾をつかませてはくれない。

 もっとも新種の細菌にネズミにヒル、ミミズの大群とくれば、嫌でも生物災害ものを思い浮かべるかも。筆者は読みながら、「アンドロメダ…」や「ウイラード」、「スラッグス」、「スクワーム」といった映画作品を思い出していたが、著者もちょっとグロいシーンを嬉々として描いているような節がある。

 ちなみに著者は1958年生まれで、1970年代に多感な時期を過ごしたことになるが、その70年代というのが、洋画のパニックものの全盛期だったのだ。スピルバーグのお馴染み『ジョーズ』や豪華客船が転覆する『ポセイドン・アドベンチャー』、高層ビル火災を描いた『タワーリング・インフェルノ』等、様々な大作が話題を呼んだが、そのいっぽうでB級色豊かな動物パニック映画もふんだんに公開された。

 本書の前半には、そうした全盛期の動物パニック映画を髣髴させるサスペンス演出が盛り沢山。いや、後半、真打が登場してからもそれは変わらず、人がバタバタと死んでいくのだが、B級色ばかり強調していると安っぽい作品だと誤解されてしまうか。マニアックなパニックホラー趣向とともに、もちろん深遠なテーマも追求されているわけで、それが絶滅と進化である。序盤から降旗たちを振り回す村上教授は随所でマッドサイエンティストぶりを発揮するが、そのいっぽうで「現生種で、遠い未来まで変わらないまま同じ姿を伝える者など一つもない」と警鐘を打ち鳴らす。

 なるほど絶滅は長きにわたって起こるものとは限らないのだ。
 本書はまた、コンプレックスの塊のような小役人の降旗の成長記でもある。傲慢な上司のいいなりになって鬱屈していた彼だが、重いアレルギーの娘を持つ天才学者・都筑と共鳴し合って勇気を取り戻していく。だからといって、ふたりが安直な恋愛関係に傾かないところもいい。そう、パニックものには甘いハッピーエンドはいらない。著者もそれは先刻承知で、締めくくりでしっかりぞっとさせてくれる。さすがこのジャンルのエキスパート、万事行き届いたエンタテインメントに仕上がっているのである。

(初出 『digital PONTOON』2018年4月号)
 

■■■

シリーズ累計130万部突破『ゼロ』シリーズの著者、渾身の超大作!!

記録的な寒波に襲われた東京で、原因不明の感染症が発生。死亡者が出る事態となり、厚生労働省の降旗一郎は、国立感染症研究所の都築裕博士とともに原因究明にあたる。さらに六本木で女性が無数の吸血ヒルに襲われ、死亡するという事件も勃発。未曾有の事態に翻弄される降旗たちは解決の糸口を見つけられずにいた。同じ頃、東京メトロの地下構内で複数の切断死体が発見された。警察は監視カメラの映像を消し失踪した職員を大量殺人の容疑者として追い始める。次々と前代未聞の事態が発生しパニック状態の都民に、狂犬病ウイルスに感染し死亡する者が続出し始めた。いったい、極寒の東京で何が起きているのか……。

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安生正(あんじょう・ただし)
1958年生まれ。京都府京都市出身、東京都在住。京都大学大学院工学研究科卒。現在、建設会社勤務。第11回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作『生存者ゼロ』が大ヒット。『ゼロの迎撃』『ゼロの激震』と続く〈ゼロ〉シリーズは人気を博し、累計130万部を突破。近著は『Tの衝撃』(実業之日本社)。

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