目標があっても、努力してもなかなか思う通りにいかないと悩む人も多いでしょう。でも今、活躍している人も、最初からうまくいっていたわけではありません。華やかなイメージが強い元ピチカート・ファイヴでシンガーの野宮真貴さんは、実はデビューから10年は鳴かず飛ばずの売れない日々を過ごし、ブレイクしたのは30歳のときでした。
一方、昨年、はじめての小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が大ヒットした燃え殻さんは、40歳をすぎてはじめて本気になれるものに出会ったといいます。
そんなお二人が、下積み時代について語り合う最終回です。
(構成・須永貴子 撮影・菊岡俊子)

アンテナもセンスもないのに気づけば沖まで流されていた

野宮 燃え殻さんは、会社員をしながら、どうして小説を書こうと思ったの?

燃え殻 小説家の樋口毅宏さんが友達で、三軒茶屋で飲んでいたら、いい感じで酔っ払った樋口さんが、「お前も小説を書け」と言うんです。「書けません」と断ったら「書かなかったら絶交だからな」と言われて。僕は樋口さんの小説がすごく好きだから、樋口さんに絶交されないために「じゃあ書きます」と返事しました。

野宮 それまではどこかで書いていたの? ツイッターとか?

燃え殻 ツイッターに愚痴みたいなことを書いていたら、「ケイクス」から連載の話がきて。それをいろいろな人に読んでいただいて、その連載をベースに小説として新潮社から出版しましょうということになって。

野宮さんと真逆で、自分はきっと何もできないと思っていたんです。アンテナもセンスも凡庸だから。自分ではピチカート・ファイヴもスタジオ・ボイスも発見できなかったし。それでもなんとなく流されて、樋口さんから「小説を書け」と言われるということは、ずいぶん沖まで流れていたんだなと思って。同じ頃、母親の癌が発覚したことも小説に熱が入った大きな理由です。母は、僕に公務員になって安定してほしかった人なんです。

野宮 私も言われました。「歌手なんて安定してないから」って。

燃え殻 僕はその真逆を楽しく生きていたんですけど、母親はずっと心配していて、僕が30代になってもまだ「公務員になってほしかった」って言うんですよ。その母を喜ばせるためにも、小説を出したい、売れたいと思って、人生ではじめてがんばりました。

母は朝日新聞の「折々の言葉」が好きで、僕に「切り抜いてファイルしろ」っていう人だったんです。それを僕はずっとサボってて。それがこの前、折々の言葉に、僕の小説の一文が選ばれたんです。僕はファイリングをさぼっていたのに。

野宮 お母様、喜んだでしょう?

燃え殻 すごく喜んで、ファイルしてくれました。僕にとってはそれが、小説が売れるよりも嬉しかった。

野宮 自慢の息子ですよ。

悲観的になるなんて贅沢だと思っていた

燃え殻 野宮さんは、下積み時代に年齢で区切る考え方はしてました?

野宮 していなかったですね。歌が好きだったし、音楽の世界が何よりも楽しかったから、「絶対にこのままでは終わらない」って思うことができたんですよね。デビュー当時は全然お金がなかったけど、似たような音楽仲間も周りにいたし、お金がないなりに楽しんでいました。そういえば、事務所のある表参道まで9万円のお給料をもらいに行くのに、最後のお金で買った切符をホームに落としてしまって、駅員さんに事情を話して改札を通してもらったこともありました(笑)。

燃え殻 ギリギリですねえ! そういえばあの頃の僕も野宮さんのように、悲観的じゃなかった。僕が今の会社にアルバイトで入った頃、1年くらい赤字経営だったんです。お客さんも舐めているから、ギャラが今川焼きなんですよ。普通だったら「やばいな」と思って身の振り方を考えるところを、800円の時給が790円になってもどうにかなると思ってたんです。

さすがに「幸せだな」とは思わないんですけど、次の手を考えることに必死で、悲観的になったり落ち込む時間もなかった。悲観的になるなんて贅沢だなって思ってた。でも、きっとこれもいつか思い出やネタになると思っていました。正直言うと、今のほうが不安です。あのときの自分には何もなかったから怖くなかったんだと思います。

野宮 若さってそうですよね。

燃え殻 今は、社会科見学みたいな感じ。自分が影響を受けた大槻ケンヂさんと、作家という肩書で対談したときに嬉しくて自分に言いましたもん。「おいオレ! 作家で対談だってよ!」って。

野宮 私も、同じミュージシャンという立場でKISSに会ったときに、「ミュージシャンになってよかった。とうとうここまで来た!」と思いましたもん。KISSと渋谷系は、音楽性はまったく違うけれど、エンターテイメントとという意味では自分のルーツでもあるから。今、自分がここにいるのも、彼らのおかげとも言えるわけで。

燃え殻 野宮さんでもそう思うんですね。

野宮 下積み時代に、経験したこと、出会った人たちは、絶対に自分の糧になっていると思います。たとえ「こんなはずじゃない」と思うことも、絶対に無駄ではないので、目標が見えにくいときは、とりあえず目の前のことを一生懸命やる、与えられたことをやる、つまらなくても全力でやる、それしかないと思います。そこから何か道が見えてくるはず。思わぬところで出会いがあったりね。

燃え殻 会田誠さんから、「刑務所に入っても楽しみを見つけそうだな」って言われましたけど、そういうことだと思います。「ここまで行きたい」と決めちゃうとなかなか行かれないんですけど、今、目の前に与えられたもののなかから課題を見つけて、楽しんで、自分にいかしていけば、どんな状況でも、どうにかなるんですよね。

野宮 どうにかなるし、どうにかするしかない。人生はシナリオ通りにいかないんですから、心配してもしょうがない。なるようにしかならないんだから、好きにやればいいだけですよ。

燃え殻 すげえ! 教祖っぽい!

野宮 考えているだけではなにも起こらないし。外に出て、人と出会っていろいろ体験して、要領を得ていくことが、大人になるということだと思います。何もしなかったら傷つかないかもしれないけれど、大人にはなれないですよね。

燃え殻 意外といい人がいるんですよね。自分がちゃんとしてなくても、大人になれなくても、優しい人や、受け入れてくれる人、わかってくれる人がいるんだーって。

野宮 そういう人が、一人いればなんとかなりますよね。クリエイターはやっぱり、大人じゃない部分、自由な発想がないとできなかったりすると思います。だから理解者はすごく大事。でも、その理解者というか、自分にとって必要な人、家族や恋人を大切にしながら生きていくためには、大人でいなきゃいけない。そのバランスが必要ですよね。

燃え殻 はい。なんか、ちゃんとしてなくてすみません…。

野宮 いえいえ、燃え殻さんはその絶妙なバランスを持っていますよ。もう大人です(笑)。

(おわり)

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