目標があっても、努力してもなかなか思う通りにいかないと悩む人も多いでしょう。でも今、活躍している人も、最初からうまくいっていたわけではありません。華やかなイメージが強い元ピチカート・ファイヴでシンガーの野宮真貴さんは、実はデビューから10年は鳴かず飛ばずの売れない日々を過ごし、ブレイクしたのは30歳のときでした。
一方、昨年、はじめての小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が大ヒットした燃え殻さんは、40歳をすぎてはじめて本気になれるものに出会ったといいます。
そんなお二人が、それぞれの下積み時代について語り合いました。全3回でお届けします。
(構成・須永貴子 撮影・菊岡俊子)

野宮さんが頑張っていたことに驚いた

燃え殻 野宮さんのご著書(『赤い口紅があればいい』『おしゃれはほどほどでいい』)を読ませていただいて、OLさんをやられていた時代があったことをはじめて知りました。野宮さんと下積みという言葉がまったくつながらない。

野宮真貴(以下、野宮) 37年も音楽活動をやっていると、最初からそんなに順調とはいかないですよね。30歳でピチカート・ファイヴのボーカリストになるまでの10年間は売れていなかったので、様々なバイトをしながら地道に音楽活動をしていました。

周りの同世代のミュージシャンたちが他の仕事に就いていく中で、自分だけは意地でも諦めなかった。CMソングやコーラスの仕事をやったり、できるだけチャンスがありそうな場所にいれば何かが起こるはずっていつも考えていましたね。

本にも「けっして人生の舵は手放していけない」って書いたんですけど、自分が大切にしているものがあれば、それを諦めないこと。私から音楽を取ったら何も残らないですし。

燃え殻 野宮さんが、こんなにもいろいろなことを考えて、頑張ってきた人だったことが、驚きでした。渋谷系のなかでも、野宮さんはひとつのシンボルみたいな存在だったから。人間というよりも、象徴。なれなれしく“さん付け”できない、“野宮真貴”という記号というか。

野宮 当時は年齢も非公開にしていたし、ピチカート・ファイヴの音楽の世界の女性を演じていたから、そう見られていたんでしょうね。当時を振り返ると、ヴィジュアルも色々挑戦してましたね。ニシキヘビを首に巻きつけて撮影したりね。そのときどきでけっこう必死だったんですけど、楽しんでいましたよ(笑)。

燃え殻 それが意外です。僕は、19歳の頃に『ウゴウゴ・ルーガ』ではじめて野宮さんを見たときに「大人の女性だ! やばい!」と衝撃を受けて。思春期に、母親以外ではじめて大人の女性だと思ったのが野宮さんなんです。

野宮 そうなの?(笑)

燃え殻 年齢は関係なくて、まず、声が色っぽかった。レベッカ、バービーボーイズ、プリンセスプリンセスという女性ボーカルのバンドブームのあとにピチカート・ファイヴの野宮さんを見たときに「都会の女だ!」と思ったんですよ。野宮真貴=東京、だった。でも、本当に失礼なことに、ピチカート・ファイヴの音楽は、正直言うと良いか悪いかがよくわからなかったんです。でも、僕が絶対的な信頼を寄せる、美意識を持っている女の子が野宮さんを好きだったから、いつかわかるはずだ、と思いながら聴き続けました。

野宮 それは小説に出てくる女の子?

燃え殻 そうです。初めて買ったレコードがTMネットワークで、『週刊少年ジャンプ』が大好きだった僕は、東京の専門学校に入ってから、彼女と知り合って、影響を受けて、ウォン・カーウァイを単館系の映画館に観に行く自分や、文芸坐のオールナイトで6本立てを観る自分に酔っていた。映画の内容がわからなくても、チラシがカッコいいから「いい映画だよね」って言っちゃう感じ。渋谷系も、『ウゴウゴ・ルーガ』のシュールさも、『スタジオ・ボイス』も、ピチカート・ファイヴと同じで「いつかわかりたい」対象だったんです。

野宮 その後、好きになりました?

燃え殻 なりました。この間の、モーションブルー・ヨコハマでのバレンタイン・ライブも「わー、野宮真貴、全然変わんないな!」と感動しました。懐メロじゃなくて、ずっと地続きで、現在進行系で鳴っている。小沢健二さんの活動再開にみんなざわざわしてるけど、「俺の中では小沢健二なんてずっと聴いてる音楽だけどなー」って。これを懐メロにできたら、大人なんですかね。

野宮 好きな音楽ほど、聴いた瞬間に、「懐かしい」ではなくて、当時の自分にタイムスリップしますよね。映画や漫画、小説に比べて、音楽はタイムマシーンとして、ストレートに作用すると思う。『ボクたちはみんな大人になれなかった』のなかで、燃え殻さんが香りのことを書いているじゃないですか。香りも記憶を呼び戻すという点で、音楽と似ているタイムマシーン。

燃え殻 小説を書くときに、匂いの描写は絶対に入れたかったんです。街を歩いているときに、ふと漂ってきた匂いや、ふと耳にした音楽に、記憶を引き出されてハッとする。文章のなかに、匂いやBGMを足していく作業はしました。

野宮 意図的に。

燃え殻 はい。悲しんでいるシーンで、アイドルのポップスが流れたり。

野宮 燃え殻さんの書く文章と、小西(康陽)さんが書く歌詞がちょっと重なりました。「ハッピー・サッド」や「サンキュー」、「Baby Love Child」も。

燃え殻 楽しいことと悲しいことは背中合わせという感覚ですよね。僕は、楽しい時に「このパレードはいつか終わる」って先回りして、悲しくなっちゃうんです。渋谷系とか、カフェブームとか、裏原宿とか、面白い現象が起こるたびに「終わる! 享受しなきゃ!」って思ってました。

野宮 その感覚は、燃え殻さんの文章から伝わります。

好きだった恋人のことをなぜ、「ブス」だと言うの?

燃え殻 野宮さんの本を読むと、野宮さんは自分のことを「生まれつきの美人じゃない」と書かれていてびっくりしました。

野宮 私は逆に、燃え殻さんの本を読んで、かつてつきあっていた大好きな恋人を、「ブス」と表現することにショックを受けました(笑)。

燃え殻 それ、各方面からすげえ怒られましたし、ツイッターのトレンドに出るくらい炎上しました(苦笑)。

野宮 女性からすると、「ブス」という言葉はけっこう傷つきますよ。私も器量がよくなかったので。でも、幸運にもスタイルは意外とよかったのよね(笑)。

燃え殻 知ってます(笑)。

野宮 長所は与えてもらえた。それでも、後ろから追い越しざまに私の顔を見た男性から「チッ」と舌打ちされるなんてことは何度も経験してますから。

燃え殻 え? 本当ですか?

野宮 だから「ブス」という言葉は、なかなかのインパクトがありますよ。

燃え殻 その彼女が、自分で「私、ブスなんだよね」って言う子だったんです。今考えると、彼女は自信があったんだと思います。

野宮 きっとそうですね。本当のブスはブスって言えないものね。私も、すごく傷ついた経験があるから、自分では絶対に言えなかった。もちろん燃え殻さんは、相手への愛しい気持ちがあるから「ブス」と書いているというのはわかるんですけど、「ブス」という言葉はやっぱりインパクトがある。大人の男性には女性をいつも褒めて欲しいです(笑)。

燃え殻 はい…すみません…。

(第2回に続く。4月12日公開予定です)

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