星座のような関係を誰かと結べたらいいのに

出先で入ったショッピングセンター。ひなびた雰囲気のフードコートの前を通りかかり、私は一瞬立ち止まる。色あせた焼きそばやソフトクリームの写真パネル、雑然と並べられた白い椅子。初めて来た場所のはずなのに、「懐かしい」と声を上げてしまう。

子どもの頃、母親に連れられてよく訪ねた場所が、郊外の大型ショッピングセンターだった。どの店舗も大抵似たような造りだった。地獄のように暗い巨大駐車場に降り立ち、自動ドアをくぐれば、軽快なBGMが耳を打つ。服も食べものもマンガも、学校で使うノートや鉛筆も、お祭りで着る浴衣も、私の欲しいものはみんなそこで売られていた。否、そこに並んでいるものしか選べない気がしていた。

いつ来ても同じ味、同じ質の商品を提供してくれて、互いに関心を払わずに済む場所。窪美澄さんの連作長編小説『じっと手を見る』にも、そんな郊外のショッピングモールやフードコートが多く登場する。全七章で構成される物語は、日奈と海斗を中心に、章ごとに語り手が移り変わる。

富士山を望む町で、介護士として働く日奈と海斗。育ての親である祖父を亡くして以来、日奈は介護士として働く目的も失い、虚無感に襲われていた。そんなときに出会ったのは、東京に住む七歳年上の既婚者・宮澤。〈ずぶずぶとはまっていく悪い薬のように〉彼と離れられなくなっていく。一方、海斗は、日奈への思いを断ち切れないまま、職場の後輩の畑中と付き合いはじめる。

庭の草刈りを口実に、日奈の家を訪ねてくる宮澤。彼もまた日奈の存在によって、倦怠にまみれた日常を脱し、蘇生を試みる。時間を見つけては日奈の家に行き、決まって草を刈り、日奈と寝る日々。互いの渇いた心に水を撒き、花を咲かせるようなその営みが、うつくしい筆致で描かれる。

だが数年後、宮澤を取り巻く環境は一変していた。東京で職を失い、地方でコピー機の営業の仕事をはじめる。生まれ育った町を飛び出し、宮澤の住むアパートに転がり込んだ日奈も、二人の間にかつての熱狂がないことを実感していた。

彼らの淡々とした暮らしは、ある問いかけを私の胸に突きつけた。経過した時間や環境の変化によって、人はたやすく変わってしまう。出会った頃の熱狂を失っても、その人を愛せるだろうか。寄り添い続けることができるだろうか、と。

祖父と暮らした庭付きのボロ家、宮澤と住んだアパート、一人暮らしのワンルーム――どの町に移り住んでも、日奈の日常は同じだ。老人たちの家を訪問し、休日はショッピングモールのフードコートで息をつく。〈あの町とこの町の差が私にはわからなくなる〉。モールの均一化された空間は、彼女に一瞬の安らぎをくれた。

生々しい情動から遠ざかったとしても、手を伸ばし合うことはできるのかもしれない。そのように希望を感じたのが、海斗と、畑中の息子・裕紀の関係だ。母親に疎まれ、学校でもいじめを受けている様子の裕紀。海斗は彼の手をとり、手のひらにある三本の線をペンでなぞって語りかける。

「この前、プラネタリウムで見ただろ。昔の人は星と星をつなげて星座の形にして方角を知った、って。これは、裕紀の星座。裕紀の手のひらにこれがあるから、絶対に裕紀は迷わない」

人は、よるべない自分の身を持て余す。他者の間を漂いながら、出会いと別離を繰り返す。「本当にこれでいいのか」という疑いを打ち消せないまま生きている。けれど、そんな逡巡と裏腹に、手のひらに刻まれた線はくっきりとのびやかで、迷いがない。

私たちの住む世界はあまりに小さいので、人間関係も蔦のようにひとりでに絡み合ってしまう。けれど、そこに支柱を立てるのは他ならぬ自分自身だ。その星に向かって歩いていけば絶対に〈迷わない〉、星座のような関係を誰かと結べたら――。そんな焦がれるような、甘えにも似た気持ちが自分の中にも確かにある。

懐かしいフードコートの前を通り過ぎながら、小さく予感した。自分の人生のすべて、生き方に納得なんてしていない。どうしてこうなるのか、とうんざりするばかりで、気を抜けばすぐ惰性に飲まれてしまう。何度刈り取っても、絡め取られる。死という出口に向かって、ただ生き続ける。それだけのことが、こんなにも難しく、途方もなく滑稽だ。でも、そのことを受け入れた分、他者が愛おしくなる。

最後のページを読了して、深く息をついた。はげしい熱情も、身体の若さも永遠ではない。過去の燃えがらのように、日奈の元には荒れた庭だけが残された。漂い歩いてきた彼女が、そこに再び留まることを決めたとき、私は限りない安堵を覚えた。

私たちは、ゼロから生き直すことはできない。情けない過去、逃げ切れない自分の嫌な部分――そんな荒れ果てた地から、ひっそりと再生を試みるのだ。はびこる緑をもう刈り取ることはしない。ひとりでに茂り、枯れるに任せておけばいい。そんな芯の強いたくましさをこの胸に育てていきたい。

文月悠光(詩人)
http://fuzukiyumi.com/

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『じっと手を見る』
著者:窪美澄
定価:1400円+税
発売日:4月5日

富士山を望む町で介護士として働く、かつて恋人同士だった日奈と海斗。老人の世話をし、ショッピングモールだけが息抜きの日奈の生活に、東京に住む宮澤が庭の草を刈りに通ってくるようになる。生まれ育った町以外に思いを馳せるようになる日奈。
一方、海斗は、日奈への思いを断ち切れぬまま、同僚と関係を深め、家族を支えるために町に縛りつけられるが……。

大切な人を、帰るべき場所を、私たちはいつも見失う――。読むほどに打ちのめされる! 忘れられない恋愛小説


<イベントのお知らせ>
窪美澄 × 前野健太トークイベント
『じっと手を見る』刊行記念
「帰る場所、好きな人、誰かと生きること」

日程 2018年5月8日 (火)
時間 19:00〜20:30(開場 18:30〜)
料金 1,350円(税込)
定員 110名様
会場 青山ブックセンター 大教室

お申し込みは、下記をご覧ください。
青山ブックセンターHP

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