犬にカメラを向ける。すると決まって目線を避け、たじろぎ、一歩または二歩と後ろに下がる。これはアメリカでの話。

現在、バンドで一ヶ月の西海岸ツアーに出ているわたしが思い出やSNSなんかのために、フィルムカメラを向けた際、決まっておきたこと。

最初はただその犬の性格だとばかり思っていたが、リスも野良猫も決まって同じ反応をするものだから印象は徐々に確信へと変わっていく。

わたしは思い出していた。

日本よりは数の少ないコンビニで、色とりどりの毒色したチップスや蛍光に発光したドリンク、コーヒーやサンドイッチなんかと一緒に拳銃の弾丸が売られていること。

非常にフランクな佇まいで、その弾達は棚の上に鎮座していた。

コンビニエンス。

便利な、なんてうたわれた場所で殺しのための鉄の塊がすまし顔で売られていることにはいささか驚かされた。日用品のように購入可能なのはそれなりの需要かあるということだろうか。

カメラは拳銃とよく似ている。それを向けられた時、猫ちゃんやワンコの深層心理にその恐怖が刻まれているからじりじりと後退するのではないか。想像でしかないけれど。

向けられ怯えた経験のないワンコもDNA上に刻まれているのではないだろうか? わたしはつぶらなビー玉のような目が、水面の波紋のように揺れるのを見ながらそんなことをぼんやりと考える。

酒場で盛り上がって一緒に、車の助手席に乗り込みクルーズしたスケーターのショーンは、カメラを向けてるRyosuke Kandaniに対して、許可なく撮ってたらこの町では頭をたたき割られるぞ、そう言い、胸ポケットからハンカチでも出すようにメリケンサックを取り出した。

そのあまりに慣れた手つきに車内のわたしたちの間に緊張の糸がピンと張られる。

Burnsideのスケートパークにつくとショーンの紹介ってこともあって、すぐに皆と仲良くなる。

TRASHERマガジンなんかで見たことあるプロスケーターも多く滑っている中、お土産に持っていった安い12本のビールはものの一瞬で12回のタブが開く音を発し、空っぽの缶となって、荒廃した道路に寝転がった。気温はさして日本とかわらない。いい感じのクルーズ日和だ。

Burnsideの前にバンで住んでるボブは、仲良くなった挨拶にとシャンプーやEVER GREEENとタギングされなベースボールキャップ、それとボロボロのオレンジ色の151skateboard'sのパーカーをくれたからわたしは着ていたものを脱ぎ、その場で袖を通す。

彼のスケボーのデッキはウィールが外されていている。彼の周りの仲間が、もう危ないからと取り外したのだ。ボブはこのスケートパークのレジェンドだったが、ドラッグで身を崩し、52歳。それでも今もスケートパークを離れられない、そんな生粋のスケーターだった。

この町の、このパークがいかに最高なのか、彼の住むフロントガラスの割れたバンの中で話してくれた。

「俺はどうせもうすぐ死ぬけど最後までスケーターとして生きるのだ」濁っていない目で朗々と語った。

彼と仲良くなって、好きなパンクバンドの話なんかをしながら何時間かたった後、バンの外に出て別のスケーターとくだらない話をしていると、どこからかやってきたスケーターに何でお前は俺のパーカーを着てるんだ? と出合い頭に言われ、不穏さ満開の危険な状況に陥る。

「ボブ~~この人すげー怒ってるよ~~~。自分のパーカーじゃないのかよ~~。」

なぜかそんな時に限ってボブはどっかに行って消えてしまったし、スラングを唾に混じらせ吐き出すスケーターは早口にまくし立てる。

気持ちはわかるぜ。盗まれた自分の服を誰かも知らない日本人が着てたら、どういうこと? ってカチンとくるもんな。

つたない英語でわたしは状況を丁寧に話していると、ボブならしゃあないとうまく伝わり、事なきを得る。

少しばかり焦った。

この感じで生きてたらいつかは死ぬなーなんて帰り道のバンで外の流れていくグラフティをぼんやりと見ながらそう思った。

この世界にはいろんな価値観の人がいる。

わたしがポートランドに入り、第一に驚いたのはその開けられた数センチのバンの窓から吹き込んできた海辺の街の春風、視界に浮かんだ桜の淡い色。

その二つは日本の風情ってやつともよく似ていた。

日本にしか桜はないと勝手にそう信じ込んでいたわたしの脳。そのことをポートランドの友人に伝えると、「ワシントンの桜がが世界で一番綺麗だよ。日本で見たそれよりもね。」なんてことを彼の口はひょうひょうと語った。そんなまさか? なんて思うけど、大きな川沿いでは確かにお花見をしてるし、春のうららかな楽しみ方は、大味なアメリカーナも熟知しているみたいだ。

でもこの州は外でお酒を飲むことを禁止しているから、お花見と言っても、花を見て仲間と語りあうだけ。いや、マリファナは合法だから、みんなで回しながらそんな感じで春の彩をしっかりと楽しんでいる。

日本でのマリファナの扱われ方を伝えるとひどく驚かれる。こっちの町では、街起こしのアイテムとしてマリファナを全面に押した公的なプロジェクトなんかも見た。

だからと言って、日本で吸っていこうぜなんて活動家の気質は自分には全くなくて、ただの事実。ただの違いってやつ。

常識ってやつは音もなく血に溶け込み、体中の赤血球と共に170センチの体内をクルーズする。よく「マヒトは常識に縛られてなくて、、」なんて枕詞のようにつけられることがあるけど、常識に縛られない人なんていない。

生きていて、見ている景色が知らぬ間に常識となり、気づいたときにはそれが常識と気づかないくらいに意識の周りをまとっている。一億三千人いれば一億三千とおりの常識が存在する。

多数決で正義や倫理、後にルールが決められていくが、それも世界の、宇宙の多数決をとってみれば、その結論が同じかどうかはわからない。

各々が誇りをもって、その見ている景色を愛せるか、それ以外にこの世界に法則など必要ない。

世界にはいろんな価値観の人がいる。

黒人の顔にかけられた唾の泡、侮蔑する白人の細い目、心が女の子、言葉などわからずになついてくる犬、トランスジェンダーセンターのオーナーとその彼氏、街のクソがき、メキシコ料理屋でGEZANの曲をかけてくれたオーナー、退屈すぎて気が狂いそうなパンクス、日本のWANTOが好きなライター、万引きで暮らすスケーター、ドネーションセンターで食器や服を見ている主婦、試着に悩んでる太っちょ、高速道路の入り口に必ずいる物乞い、狭いバンでツアーに回ってくる極東のバンドマン、偉そうに善人ぶるつもりもないが、誰も誰かの生活を否定できない。

この世界に優劣などなく、違いがあるだけ。それぞれの正しさとそれぞれのやさしさでこの世界がまわってる。そう思えないような最低な時間のこともちゃんと知っているけど、そう思う。

汚い毛布にくるまって咳き込む、タトゥだらけの老いぼれたスケーターを誰が否定できるのか、ボブは片時もそのウィールのない、滑ることのできないスケボーのデッキをはなすことはなかった。

日本は今どんな時間が流れているだろう。月を見ながら考える。ふいに海風のように運ばれてくる懐かしい匂いに胸の奥が苦しくなる。春はいつだって自分をセンチメンタルにする。たいした思い出なんかないくせにね。

今日もわたしはわたしを生きたい。オリジナルでもフェイクでもいい、ただわたしであればそれだけでいい。ボブがそうであるように、月が太陽に憧れることはなく、夜にだけ輝くように、わたしはわたしを演じきる。

あなたがあなた自身である限り、誰にも負けることはない。

この言葉だけを信じて窓をあける。

今日も新しい街へ。

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